暦の上では秋となったが、まだまだ太陽の輝きがジリリと感じられる日も少なくなかった。

それでも朝夕の涼しさはやはり秋で、都会のビルの間に落ちる夕焼けの色もまた鮮やかになった。

着る服にも悩むよなぁと妻がぼやいていたのは記憶に新しい。

 

 

そんな日だった。

エドワードが高い熱を出したのは。

 

 

 

エドが体調を崩していたことにロイは気付けなかった。

全ては言い訳になってしまうが、まとまった休みを取るために必死だったからだ。

軍の仕事はその頃ひっきりなしと言った様子で、

秋祭りの警護や乾燥し始めた季節に火災やテロも相次いだ。

この一週間は長く司令部に缶詰状態で、

何度か家族の元へ電話をかけては、声を聞くだけの毎日が続いていたのだった。

 

 

そうして申請していた休みまで後一日というところで、

リンリンと鳴った電話口から聞こえてきたのは娘たちの声だった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ろぃ?」

 

「分かるか?」

 

 

コクリと頷く妻にほっと息を吐く。

高い熱の所為で大分意識は朦朧としているようだが、大丈夫そうだ。

ベッドの横に置いた水桶に温まってしまったタオル浸し直してから、再び妻の頭に戻す。

 

 

急いで家に帰ってきてから、目にしたのはリビングのソファに倒れるようにして横になっている妻。

実際、倒れたのかも知れないが、その横は心配そうにしている娘たちがいた。

 

 

「おれ・・・倒れた?」

 

「そんな様子だったけれど、あの子たちが取り乱していたから状況が分からないんだ」

 

「二人は?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。心配していたけれど、風邪がうつっても困るから下にいる」

 

 

 

 

家に帰ってからすでに時計の針は二周ほど廻っている。

つまりは一日強妻の意識ははっきりとしなかったのだ。

 

 

 

 

心配する娘たちに大丈夫だからと告げて、往診に来た医師の応対をし、

簡単なものにはなってしまったけれど、娘の夕食を作り食べさせて風呂を使わせた。

大丈夫といわれたものの母親の様子が気になるようではあったけれど、二人揃って寝かしつけた。

少しだけ息を吐いてから、珈琲カップに温かい珈琲を一杯注ぎ、

鞄に詰め込んだ少し萎れてしまっている書類にサインをしてから部下の受け取りに間に合わせた。

休みに訪れる予定にしていたリゼンブールの義弟に連絡もいれた。

 

 

音を立てないようにとドアを開けたが、キィと小さな木の擦れる音が響いた。

すでに時刻は深夜を回っている。

タオルは何度代えてもすぐに温まってしまい、乱れた呼吸の温度も高いことが察せられて、

思わず眉根を寄せてしまった時だった。

 

 

 

 

ごめんねと。

小さく聞える声に身が震える思いがした。

それは、過去何度か聞いたことのある声音に違わぬものだった。

 

 

 

それは、彼女がまだ幼かった頃。

目の下に隈を作って現れるエドに司令部の皆が仮眠を薦めた。

最初はいいよと断っていたようだけれど、執務室のソファで眠ってしまった時に。

 

 

 

ごめんと聞いた。

 

 

それが誰に対して、何に対しての謝罪なのか、

分かりすぎる程に分かってしまい。

あぁ、この子がこんな夢から早く逃れられればいいのにと、

そんな願いにも似た思いを抱いたこともよく覚えているのだ。

 

 

 

 

悲願を達し、愛を語り合い、授かった命も共にあるというのに、

自分の大切な人がまだあの闇に囚われる日があるというのか。

 

 

 

 

 

 

 

「魘されていたよ。・・・・まだ夢に見るのかい」

 

問いにはっとしたような、苦く笑うような顔をした妻は、

「いつもは見ないんだけど」と前置きするようにして話はじめた。         

 

 

とてもゆっくりと。

けれど噛み締めるようにして。

 

 

 

「今日はやっぱり・・・自分にとって特別な日だから。それは変わらずそこにあって。

 でも、昔の気持ちとは違うものもあって」

 

 

必死に言葉にしようとする妻の手を握る。

熱に力が入らないのか、柔らかく握り返すその手はとても熱い。

 

 

「母さんもこんな気持ちだったのかって。

 熱に魘されながら、ロジーとマリーの顔が頭に浮かぶばかりして。

 あぁ、もしこのままって。このまま会えなくなったらどうしようって。

 俺たちが得たあの痛みをあの子たちが受けてしまうなんて耐えられないと思った」

 

 

握る手にキスを送る。

 

 

「大丈夫。君はここにいる。あの子たちを残して逝ったりしはしないだろう?」

 

 

コクリと頷いて、涙が一筋だけ頬を伝う。

病気の時は誰でも心細くなってしまうものだけれど、

今回は時期も重なってしまったようだ。

 

 

 

 

10月3日。

彼女たちが全ての思い出を灰にして、

そうして進むことを決意した日だ。

 

 

 

母の家庭菜園

後姿が焼きついているだろうキッチン

遊んだであろう庭のブランコ

暖かなベッドと母のシチュー鍋

錬金術を学んだ本棚

 

 

 

住み慣れた思い出のある我が家というものを

全て灰になるまで見つめて、そうして旅立つと決めたその日。

 

 

 

 

 

 

「アルフォンス君から花が届いたよ」

 

「アル・・・なんて?」

 

「帰りたかったのは分かるけど、身体を大切にする方が大切だろと怒ってたかな。

 君の熱が下がったら、花を川に流しに行こう。きっと届くよ」

 

 

 

 

あの日、君たちがそうしていたように。

毎年毎年、何かの儀式のように花を川に流していた願い。

 

 

 

君の決意は形になり、願いは思いになった。

君が幸せに魘されることなんて必要ない。

大丈夫。君は幸せにならなくてはならない人なのだから。

過去の願いに囚われる必要はありはしない。

 






















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