【秋が来た】
「うっ・・・うん」
ちらりと開けた列車の日除けから沈みかけた夕日の光りが差し込んだ。
その光りは小さな席の中に丸まるようにして眠っていた姉の顔を照らし出した。
姉は小さな声を出して、急に差し込んだ光りから逃げるようにして身体をねじる。
「ごっごめんね」と囁くように謝りながら、日除けを戻そうと慌てて重い鎧の体を動かせば、
ガチャリと大きな音がして、その音に自分が驚いてしまって日除けから手が離れてしまう。
気付いた時にはシュルシュルと音がしていて、勢いよく丸まって上に戻っていく日除けの布は、
バタンと音を響かせて完全に窓を晒す形となってしまった。
盛大な鎧の擦り合う音と日除けが窓の上部に叩きつけられた音が響き、
もう1つおまけだというようにして、何の仕切りも無くなった列車の窓からは赤い夕日が入り込んだ。
「・・・・・ごめんね、姉さん」
しゅんとこれ以上小さくならないと思うまで身体を小さく寄せて、
完全に寝起きの(不機嫌な)様子を見せている姉に謝る。
不幸中の幸いと言えたのは、辺境を進んでいる列車に乗客が居なかったという事だろうか。
二両編制で進んでいる列車の中、一両目にはまばらに乗客がいるようであるが、
どういうわけか、二両目には姉との2人だけしか乗ってはいなかったのだ。
「・・・いま、どの辺か分かるか?」
こちらに質問をした姉は、あくびを噛み殺しながら姉は窮屈な列車の椅子で眠った代償ともいえる乱れた髪を直す為に、三つ編みにしていた金色の髪を解き、手ぐしで簡単に髪を梳いていく。
こんな瞬間の仕草はどうみても女の子でしかなくて、
からっぽの鎧の中にあるはずもない胸の奥がツキリと痛むのを感じる。
隠さなくてもいいはずの性別を隠して、
暖かなベッドで眠れるはずの睡眠を窮屈な列車の中で無理やりにとる。
その細くて小さな肩の上に、重い何かが見えて来る様で、
堪らずに鎧にあるはずのない瞼を閉じて何も見たくないと思ってしまう。
「もうすぐ小さな駅・・・サリードだっけ?そこに着くよ」
カサリと自分の席の横に置いていた地図を開いて、姉に告げる。
きっと姉はこの駅の事も知っているし、窓からの日の差し具合いで時刻も大よそ検討が付いているだろう。
だから、この問いは自分との間にある気まずさを解消しようという場をもたせるための会話であり、
姉の優しさであるということを知っている。
だから、自分は甘んじてそれを受け入れて、何にも気付いていないフリをしながら、駅名を答える。
いつか一緒の身体に戻ろうね、姉さん。
暫くして、列車の中に拡声器の声が響いて、
使い込んだノイズの混じった声で、到着の駅を知らせていく。
停車時間は約20分。
都市部のそう、例えば中央の駅にしてみれば考えられないような停車時間。
けれど辺境という言葉さえぴったりあってしまいそうなこの場所では、その時間に意を唱える者はいない。
また、この場所であるから、この時間は必要なのだとも言えた。
近くの駅から駅までも遠く、また町(村)の中にある商店などを繋ぐ流通の基点はこの列車だ。
つまりは、人を運ぶという役目よりもそういった商品を扱っている面の方が大きい。
人が慌しく乗り換えるというよりは、荷物を下ろしたり、運ぶ荷物を乗せたりという作業が繰り返される。
それは都市から2日遅れた全国紙だったり、出稼ぎに出ている子どもからの便りだったり、
収穫されたばかりの新鮮な野菜の詰め合わせであったり、木製のテーブルセットであったりするらしい。
しかし、乗っているだけのエルリック姉弟としては、流れていく人と物流の流れを見ているだけの時間で、
窓の先を眺めながら、たっぷりと待ち時間を過ごすしかない。
「あっ!!姉さん少し待ってて」
ぼんやりとしている姉を横にして、ガチャリと弟が立ち上がった。
「えっ?おい!!」どうしたのか分からないままで、弟はガチャリガチャリと遠ざかって行き、
やがて列車からその大きな身体が見えなくなってしまった。
立ち上がり手を伸ばして弟の行く方向を眺めていたエドだが、
音が聞えなくなってしまい、仕方なくそのまま広くなった座席にちょこんと座り直した。
エドは1人になるのは嫌だと思った。
この田舎の細い線路を走る列車の椅子は座り心地もいいとは言えないし、
ガタガタとよく揺れるし、はっきりいって窮屈だと思った。
きっと望めばこの列車にも一応は用意されている一等室なんてモノも利用することは出来るのだけど、
エドはそれをしなかった。
もちろんお金は一般の席よりも何倍も高いという理由もあるけれど、
一番の理由は、その席の広さだろうか。
普段は向かい合わせに座るようになっている座席、つまりは四人分の席を2人で使う。
鎧に魂を定着している弟は本来の姿の何倍も大きな姿をしているから、
横並びで2人座るという事はなかなかに難しいことであった。
それは、4人分の席を使ったとしても、狭いと感じるほどであるのだ。
しかし、狭い席を使うことで、そこに「弟」がいるのだとエドは実感していた。
過去に一度、大変に込み合っていた座席の中で、四人分の席を使うことが躊躇われた時に、
1度だけ、エドは一等室というものを使ったことがあった。
広々としたその席は確かにフカフカとした座席にテーブルまで備え付けられていて、
入った時は「わぁ」なんて歓声すら上げていたのだ。
けれど、例に漏れず眠ってしまったエドはその空間に跳ね起きた。
ふとした瞬間に足に触れるはずの冷たい鎧の感触がない。
カチャカチャと耳元で響く鎧の音が聞えない。
それが堪らなく怖かった。
まるでこの空間に1人になってしまったのではないかと。
だから、エドは広い席に座るということをしなくなったし、
混雑している時は、時間をずらしてでも一等室を使うということをしなかった。
「姉さん!!ほらっこれ」
広く感じる列車の座席でエドが1人でちょこんと座っていると、横からにょっと鈍い鉄色の腕が伸びた。
その手には茶色の紙袋が納まっていて、中には焦げた紫色のモノ。
焼き芋が入れられていた。
「おっおまえ・・・」
「えへへっ駅の端で売ってるの見つけたんだ〜。姉さん好きでしょ?」
巨大な鉄の鎧がえへへと可愛らしく笑った。
その鉄を通して響く声が酷く可愛らしくて、紙袋の中から上がるホコホコの湯気が揺れる。
「まだ先は長いからね。ほら、どうぞ」
あっ熱いと思うんだけど、どうかな・・と心配そうに手に掴んだ焼き芋を覗き込む弟。
熱さを感じられないその手で焼きたての芋を掴んで、どうだろうと悩んでいる。
「お前が割ってくれよ。お前割るの好きだろ?」
痛んだ胸に気付かないフリをして、芋を二つに割る仕草をした。
庭に積もった落ち葉を集めて焼き芋をしたら、
あいつはいつだって真っ先に芋を手にして二つに割るのが仕事だったんだ。
少し焦げた紫色の皮から金色がフカリと湯気と共に顔を出す。
「おいしそう」と笑うお前の顔が可愛いといって笑っていたんだ。
俺も、母さんも。
「うん!!あっほらっおいしそうだよ」
素直に二つになった焼き芋を嬉しそうに差し出す。
今は、2人で分けて食べることはできないけど。
必ずお前の身体を取り戻すから。