その申し出は、自分の想像を超えていた。
なんと甘やかな誘惑。
それでも、それは受け入れ難いものではないか。
その手の誘惑を打ち払うすべを私は持っていないのだけれど。
「それを本気で言っているのかい?」
中央の郊外。
閑静な住宅街の曲がり角に小さなカフェがあった。
久しぶりに中央に出てきた義弟を向かえ、ここに向かったのは、
つい1時間ほど前だろうか。
自宅には妻がいるが、その妻には聞かせられない内容の話だと、
こうして、まだ人通りの少ないカフェにいるのだ。
ふらりと散歩に出た妻にも会う心配がないだろうこんな場所で。
「・・・はい」
ふぅとため息に似た息を吐く。
一体どうすればいいのかと頭を痛めている自分を自覚する。
「それにウィンリィ嬢は・・・奥方は賛成しているのかい?」
「この話を言い出したのはウィンリィですから」
彼の瞳を見る。
琥珀色のその瞳は、妻のそれにとてもよく似ている。
あぁ、生まれてずいぶんと経つという彼の息子も、こんな瞳の色をしているのだろうか。
生まれてくるはずだった我が子。
我が子の瞳の色も、髪の色も知る前にいなくなってしまったけれど、
どんな色であっても自分は愛せる自信があった。
いや、愛さずにはいられなかった。
「・・・・髪の色は何色だったんだい?」
「息子の・・・・色ですか?」
肯くだけでその問いが合っていることを告げると、
義弟は、その眩しい琥珀の瞳を一度閉じると、まるでその中に息子を描いているかのように思える
所作をしながら、ゆっくりと声に出した。
「金色です。・・・・姉さんの色のように鮮やかな」
「そうか。・・・・・そうか」
もしかしたら、この申し出を一番望んでいたのは自分なのかも知れない。
なんてズルイのだと思うけれど、それを口に出してはならなかった。
もう二度と実子が望めないと医者に言われた妻は、
私に浮気を勧めた。
本当なら、離婚しなきゃいけないのだと思うけどと言い、
ごめんと何度も謝って、それだけは自分には出来ないと告げた。
金の瞳からはボロボロと涙が溢れ、瞼は赤く腫れていた。
私だって、妻から離れ様などとはまったく思ってはいない。
「子ども」よりも「エドワード」を選んだ私が、なぜ、彼女から離れようというのか。
あの小さな命を諦めて欲しいと言ったのは、彼女ではなく、
私だというのに。
こんな小さな体が命を放棄した事を、罪のように罰は待っていて、
一度手放した命は形を変えることはなかった。
二度と育むことの出来なくなった胎内を、
妻はどんな思いで撫でているのだろう。
「私にはエディだけだよ」
「駄目・・・子どもがいなきゃ・・・・頂点には上れない」
ずっと目指していた軍の頂点。
馬鹿馬鹿しい名残の旧体制は、いまだに存在していて、
跡継ぎを望めない者は軽んじられていた。
先代の大総統でさえ、養子を迎えることでその体制に対抗していたのだ。
常に誰かを牽制し、常に引き摺り下ろそうと狙っている者たちの巣窟では、
そんな事すら、自分を縛ってしまう事を妻はよく知っていた。
知りすぎているからこそ、こんな事を言い出したのだろう。
国家錬金術師同士の結婚。
相手は14歳も年下の女性。
若すぎる妻の存在。
過去もいろいろな事を理由によくは見られていなかったけれども、
それ以上の有能さで相手を黙らせていたのだ。
けれど、
病気による堕胎。
もう二度と子どもを宿す事の出来ない妻。
跡継ぎの望めない将軍。
その意味をこの小さな体がどう受け止められるというのか。
妻が夢のように狂ってしまったのは、私にも原因があったのだ。
「養子を望んでいたのは・・・・私なのかも知れない」
妻以外との女性の間に子どもをつくる事など、考えられなかった。
しかし、私に妻との間に生まれない子どもに愛情など持てるのだろうか。
そして、妻も。
今、彼女にどこかから養子を連れて来たところで、
受け入れられるとは到底思えない。
それでも。
あの金色の美しい子どもなら。
もしかしたならば。
「ウィンリィは今、妊娠しています。
・・・・ウィンリィのお腹には、姉さんと貴方の子どもがいるのです」