雨の日とミルクティー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突付いたら泣き出しそうだとは思っていたけれど。

 

 

「あぁ〜降りだしたかぁ・・・・」

 

 

バチバチと響く音にはぁとため息が漏れる。

建物の屋根を叩きつけているぐらいの大粒が降りだしたのだろう。

 

 

どうかなぁと悩んで、それでもと出てきた一番近いスーパー。

最近の遠ざかっていた雨と全く当たらない天気予報に油断していたと言わざるを得ない。

 

 

「どうして家を出なかった時に降らずに、今なんだよぉ」

 

手に持っていたズッキーニをピクルスにしようと意気込んだところで、雨。

となりの恰幅のよいおばさまも「あら、雨」と声を出した。

 

まるでピンと立っていたアンテナがへなへなと萎んでしまうかのようだというのに、

それでも鳴り止むどころか、どんどんと音が大きくなっていく屋根の雨音。

 

 

 

確かに植物の生育にも雨は大切で、

降らない雨に田舎で農作業をしている弟からは不満の声が出ていたことも知っているし、

野菜が高騰するのも困ると分かってはいるのだが。

 

どうもタイミングが合わない気がするのだ。

 

これでもニュースや新聞に載っている天気予報をチェックして、

「今日の買い物はやめよう」とか「洗濯は見送ろう」としていた頃もあったのだ。

 

しかし、そんな時は決まって青天で。

降りそうにない空を見ては、「どうしよう」とまた悩まされていたのだ。

これではストレスがたまってしまう。

 

「早く帰らないと」と慌しく周りが動き出す。

自分も買い物かごにたくさん詰め込んで、早く帰宅しないといけないというのに。

 

 

雨は嫌な記憶を運んでくる事も多くて、

調子を崩してしまう。

 

今では血の通う右腕の付け根がジクジクと痛む気がして、

この一歩を動かせば、カツリと金属の音が響く気がして。

 

 

手足一本動かすことが怖くなる。

 

 

 

 

「まったく急に降られるなどついてない」

 

 

 

体がふっと軽くなった。

それは、理解するより先に感じてしまったから。

 

 

「えっ?」

 

 

声のした方向を見る。

堪らず涙腺が緩みそうになるのを必死にこらえる。

そこには肩が幾分濃くなってしまった軍服を着て、雨水が滴る髪をざっと払っている夫。

 

 

どうして、ここにいるのか。

 

 

「・・・・ロイ?」

 

 

こうも突然に、自分が何でも無い時に弱ってしまって。

その場所に、大切な人が現れてくれるなんて。

世の中ってものは、自分にこんな暖かだったろうか。

 

 

「エディ?」

 

 

その黒い髪が艶やかさを増して、同色の深い色をした瞳が驚いたように見開かれる。

 

 

 

そんな時に、本当に優しく微笑むものだから。

 

 

 

肩がトクリと流れる血の暖かさを思い出して、

足が地を踏みしめる力を取り戻してくれるようで。

 

 

くっと奥歯を噛んで、やっぱり泣くのを堪えるのに必死になる。

 

 

 

 

雨は、とても辛くて悲しい思い出を凝縮したようなモノだと思うけれど、

それでも、こんな些細でとても大きな幸せを感じさせてくれるのなら、

満更悪いものでもないかも知れない。

 

 

 

手をつないで、雨の中を帰ろう。

 

キッチンで暖かい紅茶を淹れて、オレンジはちみつとクリームリキュールを少しだけ加える。

大きなマグカップを持ち、少し冷たい裸足がひんやりとしたフローリングを進んで、

ふかりとしたバスタオルを頭から被って、そして、ソファーで一緒に紅茶を飲もう。

 

 

広い窓からは、薄い稲妻の光りが見えて、

「い〜ち、にぃ〜い、さぁん」と数えて、ゴロゴロと響くその時間を計る。

 

 

濡れた身体は少しだけ眠りを誘って、夫の肩に頭を寄せる。

 

 

 

まどろむ様に幸せで。

泣きたい位に大切で。

切ないほどに暖かい。

 

 

 

雨の日も、貴方がいれば大丈夫。

 

 

ロイエド子