あの子が心配なの。
「本当にエドと付き合っているんですか?」
目の前の少女はいつも本音でその言葉を口にする。
その声は、子ども故に純粋であり、とても大人の私を困らせた。
今の状況が生まれる前でに、少々時間は前に遡るが。
早い話が、どこからかこの少女、ウインリィ・ロックベル嬢が幼馴染の恋話を聞いたらしく、
その心意を突き止めようとここにいるのだ。
それが、ちょっと近くのスーパーへという距離などではなく、
何時間もかけての列車旅だったとしても。
「それは、誰から聞いたの・・・だろうね」
自分ははぐらかす気でいた。
もちろん自分は彼女の幼馴染である少女、エドワード・エルリックを愛していたし、
恋人として愛を囁いて、何者からも守ってやりたいと願っている。
けれど、今はまだそれを誰かに宣言する時ではない。
嫉妬にも似た感情ゆえに、「私の恋人だから手を出すな」と宣言したい気持ちは確かにあるが、
それでも、それは自分の満足しかつれてこない。
最も大切にしたいと願う彼女には弊害しか生まないだろう。
彼女が手を伸ばし望んでいるものは、生半可な覚悟では手の届くそれではなく。
それを一番に分かっているのは、誰でもなく当の彼女であるのだから。
幼い少女が性別を偽り、トランク1つで国中を歩いている。
それが何を意味するのか、考えて余りある。
そんな大切な人の為にも、たとえ、彼女が心を許す人であったとしても、
どこから出てきたのか分からない噂話の為に、自分からそれを露呈させる訳にはいかない。
お昼を過ぎた平日のカフェテリア。
お昼休憩を過ごした者たちはすでに仕事に向かっているのだろう、
1つのテーブル以外は閑散としたものだった。
その1つのテーブルというのが、軍人と少女の取り合わせであるのだから、
回りに視線があれば「不自然」に映っていたことだろう。
「・・・・・・エドはね、いつも自分の考えなんて私に言ってくれない」
金色の髪がサラリと肩から零れる様子が、大切な人を思い出させた。
膝に置いた手を握ったのか、くっと肩に力が入ったのが分かり、
下を向いてしまったウインリィ嬢の頭をじっと見る。
「エドが家を焼いてリゼンブールを出て行った時も私は本当に悲しかった。
エドの機会鎧のメンテナンスをする度に怖くなるの。」
『あいつらを連れて行かないで』と彼女は言ったという。
ずっと自分たちを裏切るばかりの大人が、大切な幼馴染を連れ去ってしまうと。
青い軍服の大人たちは、奇麗事を言っては、自分たちに何をもたらし続けるのかと。
この子はどこでエドワードと私の関係に気付いたのか分からないけれど、
その子どもとしての敏感さなのか、幼馴染を真に心配していたことからか、
それを感じ取ってしまったのかも知れない。
そして、その真意を確かめるために、
遠い場所から列車に揺られて、その途中何を考えていたのか知れないが、
高い塀に囲まれた司令部を1人で訪れて、直接取り次ぐことの出来ない自分を、長い時間かけて待ち、
そうして、目の前に座っている。
本当に、どうしてこの子たちは、とても真っ直ぐなのだろうか。
どんな狸に化かされても真実を口にする気などはなかったけれど、
張り巡らされた罠を掻い潜るよりも、
必死な子どもの視線の前で偽ることの方が難しいと知ってしまった。
「あの子は、まだ自分を見失っていないよ」
どこで誰が聞いているかも知れない場所でやはりそのまま答えを出してしまう訳にはいかないけれど、
「関係ない」と切り捨ててしまうことも出来ない。
何より、あの愛しい恋人の大切な幼馴染である彼女を無下に扱うことは出来ない。
「私には、アルもエドもとても大切だから、旅を止めてと言えない。
でも、それで2人が傷付くのは本当に嫌なの・・・・嫌なの」
もう、いつ泣き出してもおかしくないほどに、声はかすれてしまっている。
そういえば、エドは彼女のことを、
「よく泣き、よく笑う女の子」と表現していたように思う。
泣く事を禁じたエドは、自分の分まで泣いてくれるような彼女の存在が、
とても救いになっているのだと言っていた。
「それは、私も嫌だね・・・・そのための力は惜しまない。
約束するよ、私は決して彼女を裏切らないし、傷つくことから全力で守るよ」
軍人の言葉をこの少女がどう聞いてくれるかは分からないけれど。
これは、自分の偽らざる声で心で。