青空に迷子
「うわぁ〜いい天気!!」
寮母さんの美味しい朝食を食べて、共同の洗濯機で洗濯を済ませ、寮を出る。
買ったばかりのバックは深いプルーの花模様が描かれていて、サテンのリボンが持ち手についている。
バーゲン前に買った夏物だけれど、使う機会がなくて、今まで薄い紙に包まれていた。
やっと使う事ができるとばかりに、肩に掛けて。
今日は公園内にある川沿いの歩道を歩いて、映画に行こう。
だって、やっとの休日なのだから!!!
レポートに発表さらにはサークルの講演会まであったりして、
ここ最近の休日はどうも自分の好きにはできなかった。
まぁ、好きで勉強しているのだからと両親にいわれてしまえば、それまでなのだが。
まだ早い時間の休日の道には、人はちらほらとしかいない。
きっとゆっくりと朝を過ごしてから、遅い朝食をとる算段をつけている人が多いのだろう。
ぼんやりと歩きながら、サワサワと風に揺れる木々を見ながらそう思う。
私が国立のアカデミーに入学して、もうが3年経つ。
街の情勢は随分と落ち着いているが、田舎からこの中央に進学すると決めた時は反対もされた。
どうにか先生の推薦状と自分の成績証明を提示して、通うことが許されたのだ。
まぁ、規則正しい寮生活の条件はしょうがないとしよう。
自分の外出を妨げていたアカデミーでの諸事象にあわせて、
長雨も落ち着きをみせて、今日は久しぶりの快晴だ。
どこまでも自分が祝福されているような気分になって、足は軽く動く。
急ぐ時はつい乗ってしまうバスも今日は利用せず歩いて着くまでの時間は計算済みだ。
それでも時間に余裕があれば、映画館の横にあったアイスクリーム屋に入ろう。
今の時期は果物も豊富だから、きっと美味しい果実のモノがあるだろう。
朝早い時間から開いているのも嬉しい限りだ。
爽やかな風の中に、公園内の川辺では水鳥が遊んでいて、
ちょこちょこと可愛らしい子どもが鳥に誘われるかのように歩いている。
あぁ〜可愛らしいなぁ・・・・。
ちょこちょこまるでお人形さん・・・・・っ!!!!!
「って!!!ちょっと!!!!!」
そりゃあもうべらぼうに可愛い子どもが、よちよちと川辺に進んでいる。
自分の目の前には柵があって、
どう考えてもこの柵を乗り越えて川辺近くに幼い子がいるというのは危険だろう。
小さな子どもが覚束ない足取りではあるけれど、追いかけてくるので、
水鳥たちも段々と川の方へと逃げている。
「ちょっと!!ねぇ・・・・危ないわ!!」
柵に身を乗り出して声をかけるが、
幼い子にはきっと鳥しか目に入っていないのだろう、まったく気付いてくれない。
「どっどうしよう!!!」
慌てて周りを見回しても、休日の朝の公園は閑散としている。
もう少し時間が経てば賑わいも増すのだろうけれど、
今では芝生の上で太極拳とかいう体操を優雅に披露するおばさまぐらいしか居ない。
しかも、彼女はこの状況を全く把握してくれず、自分の体操に余念が無い。
こんな小さな子が1人、公園にいるはずもないと思うが、
どれだけ見回しても辺りに親らしき人はいない。
自分が慌てている間にも、子どもはどんどんと川に近づいていく。
「あぁ!!!!もうっ!!!!」
これでも田舎育ち。
「あらっどうしましょう」と固まるだけの女じゃないのよ、私は。
それでも、一瞬だけ。
今日おろしたばかりのバックとシフォン生地のスカートを少しだけ気にしてしまったのは、
女の子だからと許して欲しい。
「あぶないっ!!!」
飛び越えた柵から、きっと体操選手でも決められないような着地を披露して、
今にも川に落ちてしまいそうな子どもを抱きしめようと身体を伸ばす。
スライディングに近い形で、どうにか手を伸ばして、
子どもを腕に抱き寄せる。
「・・・・っと、セーフ・・・・」
倒れながらもやっとその腕に抱き寄せることができた子どもは、
こちらを見たままできょとりと瞬きを1つした。
「あっあのね・・・」
ふぅとため息をついたら、途端に子どもの大きな金色の瞳にぶわりと涙がたまっていって、
瞬間的にヤバイと思ったが・・・・・。
「ふぎゃぁぁん!!!!」
「ちょっと・・・ねっ。あの・・・えぇぇ泣かないでよぉ」
田舎で幼い弟妹の世話をしたことはあるけれど、
こうも知らない子に泣かれると、どうしていいものかと焦る。
とっさに立ち上がって、トントンと背中を叩きながらあやしてやるも、ほとんど効果がない。
静かな休日の公園に、不釣合いな子どもの泣き声が木霊している。
どうしようかと途方に暮れながら、
きっともう映画には間に合わないだろうし、とにかくこんな成りだったらどこにも行けない。
おろしたてのバックは投げ出してしまったし、
可愛くて好きだったスカートは見事にドロドロだ。
さらには、腕の中の子どもが泣き止んでくれない。
「「ロゼッタ!!!!!」」
後ろから突然かけられた声にビクリと肩が震えたが、
反対にその声で、腕の中の子どもの泣き声がピタリと止んだ。
直感的にこの子の両親なんだろうと思って、ほっと小さく息をつく。
だって、見るからに焦って探し回ってましたという風情で、
父親だろう人は、きっときちんとした格好なら、誰もが振り返ってしまうような顔立ちなのに、
髪は乱れているし、紳士はきっとしないだろう柵越えをあっさりとしてしまう。
母親だろう人は、腕の中に私の腕にいる子どもと瓜二つな子どもを抱いていて、
もう泣きそうな顔で立っているし。
「えっと・・・・この子のお父さんですか?」
きっとそうだろうとは思うけれど、一応聞かないといけないだろう。
腕の子どもはあぶぶと上機嫌で可愛らしく父親らしいその人に腕を伸ばしている。
「あっ・・・ああ。よかった・・・・。
君が助けてくれたのかい?すまなかった、本当にありがとう」
心底、よかったという顔をして、腕の中の子どもの頭を撫でてやっているその人に、
けれども私はいいたいことがあった。
「もう少しで川に落ちてしまうところだったんですよ!!
こんな小さな子から目を離すなんて!!!もっとしっかりしてあげてください」
目の前の人がどんな人なのか分からないけれど、
きっとこんなに一生懸命この子を探していたのだから、きっとこの事は本意ではないにしろ、
それでも子どもを育てているこの人にはきちんと言わないといけない。
「もう、目を離したりしないでくださいね」
ずっと腕から抜け出そうと動いている子どもを、
目の前の父親にゆっくりと差し出す。
「すまない・・・・本当に、そうだな。気をつけるよ」と、父親は大切そうに子どもを抱きとめた。
顔を動かせば、母親らしいその人も、ゆっくりと頭を下げていて、
神妙な面持ちの大人たちに反して、子どもだけがきゃらきゃらと笑い声を上げていた。
まぁ、こんな日もあるか。
せっかくのお出かけだったけれど、今から帰ればこのスカートの汚れも落ちるだろうし。
あっ・・・投げ出したバックも探さないと。
映画はまた今度の休日・・・・えっと、用事はいっていなかったっけ。
ぐぐっと何だか重たくなってきたような気がするが、
それでも目の前の可愛らしい子が川に落ちていたらと考えれば、
ずっと今の状況の方が「よい」と思えるし、何より自分は正しいかなぁと思うのだから、いい。
さて、寮に帰ろうか。
「あの、宜しければ家においで頂けませんか。
娘を助けていただいたお礼もしたいですし、何より貴女の服をどうにかしなければ」
振り返って「では、」と切り出そうとしたところで、男性に呼び止められた。
「あぁ・・・いえ、寮も近いですし」
断りの旨を伝えようと思ったが、「近くなので、ぜひに」と女性からも頼まれて。
・・・・・嫌とは言えない雰囲気に、「では・・・」と好意に甘える事にした。
まぁ、それからは驚きの連続で。
よくよく考えれば、あの中心部で地代が大変高い場所で、「家が近く」と言っていたのだから、
通された家が、本当に・・・・まぁ、凄くて。
広い庭は手入れが行き届いていて、通された広いリビングはとても綺麗だった。
それでも、人が住んでいる温かみが随所にあって、
とにかく家具の角全ては丸く加工されていて、
子ども達の背の届くあたりには、コルクで安全対策が施されている。
「自己紹介が遅れてすまないね。
私は、ロイ・マスタング。国軍司令部に属しているよ」
「えっ!!!!・・・・・もしかして、焔の錬金術師・・・・」
コクリと頷かれて、驚く。
軍部のロイ・マスタングと言えば、確か少将の地位で、国家錬金術師。
今後、大総統にすらなる人物だと専らの評判である。
そして、彼がロイ・マスタングならば。
「そして、妻のエドワードだ」
紅茶を勧めてくれた女性がフワリと笑った。
同じ女性であるのに、ドキドキしてしまうくらいに可愛らしい。
そして、彼女は高名な「鋼の錬金術師」・・・・・・。
この街に居なくても、たとえ自分の田舎でも、
この2人の話題は多く聞かれた。
結婚の時も大きなニュースとして報じられていたし、
まさか、こんな有名人とも言える人に会えるとは、さらには家に招待されている。
そして、貸してもらっている服はエドワードさんのものだ。
「あっあの・・・私、とても失礼なことを」
「何か?」
「あの・・・・もっとしっかりとか・・・どうとか」
国軍少将に対して・・・・うわっ・・・・これってどうなるんだろう。
田舎のお父さんお母さんごめんなさい。
私は、もしかしたら・・・裁判とかにかけられるかも知れません。
走馬灯のように今までの生活を思い出していたところで、
「そんなことはないよ」とマスタングさんは声をかけた。
「いや、あれはこちらが悪い。娘を見ていなかったのはこちらの責任だ。
君の言われたことは、至極当然なことだ。
・・・・君がこの子を助けてくれていなかったら、今頃どうなっていたことか。
考えただけで、怖くあるね・・・・本当にありがとう」
横にいた妻と共に、同じソファーにいる娘を大切そうに撫でる。
怖いといったこの人は、確かに軍の人だと聞いたのに。
こんなに誰かを大切そうに見つめることができるのだと少し不思議なようにさえ思う。
「あぁ、ミスお名前は?」
「あっ!!!ダリア・フォードです」
自分の名前すら名乗っていなかったことに気付いたが、
目の前の2人は気を悪くしている様子はなく、軍人という人たちの印象が変る。
・・・・噂どおりの人たちかも。
軍にいながら、民間の味方をする国家錬金術師がいる。
「では、フォードさん。
もうすぐ呼んだ仕立て屋がくるので、好きなモノを選んでください」
「はい?」
「あぁ、それと早朝に歩いていらした様子で・・・もしや映画でも?」
「えっ・・・・えぇ」
「それは、何という題名で?」
「・・・・【花束の日と約束】ですけど・・・・」
「あぁ、素敵な映画をお好みでいらっしゃる。
後で支配人にお願いして、こちらのシアターで上映をしていただこう」
あれよあれよと物事が決まっていくのを、理解できない時は、
人って何も考えられなくなるのね・・・とダリアは理解した。
その後、呼ばれた仕立て屋は見事にこちらのスカートを修復させ、
(他の高級品の数々は謹んでお断りした)
ほつれてしまつていた、バックのサテンのリボンを新しいものに代えてくれた。
その間に手配されてしまっていた映画の件は、
慌ててやってきた映画館の支配人によってセッティングが済まされて、
地下のミニシアター(書斎であったりするらしいが)で上映会が始まったりした。
たぶん、いろいろとすごいと思うのだけれど。
何がすごいって、これ全部をさらっと拒絶されないままに、押し通してしまうことだと思う。
・・・・そのあたりやはり軍人さんとか、よく噂に聞いたプレイポーイの成せる技だろうか。
そして、もう1つ。
あの有名なロイ・マスタング氏は、家族にすこぶる甘いという事実。
なんていうか、幸せが顔に出ている。
見ていて照れるというか、そんな位に。
・・・・・・やっぱり今日はいい日なのだろう。
映画館横のアイスクリームを食べられなかった事を除いたら。