1人で出来ないことも、2人なら出来るよ。

 

1人では越えられないモノも、2人なら越えられるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

   朝 目覚めたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ・・・・もう」

 

 

 

何だか今日は悪い日。

寝起きもスッキリしなかったし。

 

起きて一番先にコーヒーのお湯を沸かさないといけないのに、

コンロに乗せただけで、火を付けていなかった。

 

お弁当に入れる玉子焼きは、甘く焦げ目なく焼きたいのに、

ダシを入れすぎて辛くなるし、最後の一巻きを焦がしてしまうし。

 

慌てて熱いままの鍋に触ってしまって、

驚いてその中の物を床に落としてしまうし。

 

 

 

 

朝はなるべく静かに迎えて欲しくて。

だって、昨日も遅くまで残業していて、晩ご飯も一緒には食べられなかった。

深くなる目元の疲れを少しでも癒してあげたい。

 

 

少しは上達したはずの家事も、

些細な切欠で簡単に失敗してしまう。

 

美味しい朝ごはんをつくって、

栄養のあるお弁当をつくって。

「朝だよ」と照れながらキスで起床を促す。

 

 

 

 

これまでに辛い事なんて数え切れないほどあったというのに、

その時に流れなかった涙が簡単に溢れそうになる。

 

どうして出来ないのだろう。

こんなにしてあげたい事で満ちているのに。

 

 

床に落ちてしまった辛い玉子焼き。

ぐちゃりと形を変えてしまっている。

これではお弁当どころか、朝食すら間に合わなくなってしまう。

 

 

 

早く片付けないとと思うけれど、

しゃがんで崩れた玉子焼きを拾っていると、

手が震えた。

泣きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

『あらあら、エドは癇癪持ちさんね』

 

 

 

目を緩めて、いつだか母さんがそう言った。

あれは・・・・どんな時だったろう。

 

ボロボロ泣いている傍にしゃがんで、

真っ白い石鹸の香りがするエプロンで、溢れた涙を吸い取ってくれたんだ。

 

 

 

それから、母さんは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・エディ?どうしたんだい?!」

 

いつもは起こしに来てくれる妻が、

時間になっても現れない。

ふと心配になってキッチンに来て見れば、

流しの前でしゃがみこんでいる妻の姿。

 

床には黄色いぐちゃりと潰れた玉子焼きと、

フライパンが転がっている。

 

 

「ヤケドでもしたのかい?!」

 

すぐに駆け寄って、その腕を取ってみるが、

赤く腫れた様子はなく、ホッと息を付く。

 

 

しかし、何故こんなところでしゃがみこんでいるのだろうか?

 

 

「どうしたんだい?気分でも悪いのかい?」

 

 

後ろに流した金色の髪を撫でて、

額の髪を払い、手を当ててその体温を測る。

 

 

「・・・・ロィ・・・・」

 

 

思いがけず気弱な声が聞こえて、

熱はないがどこか悪いのだろかと心配は募る。

 

 

「どうした?どこが痛い?」

 

 

まるで小さな子にするように、

肩に顔を寄せさせ、抱き込むようにして背中をポンポンと叩いてやる。

きゅっと背中に手をやり、しがみ付く様なその動作に愛しさが増す。

 

 

 

 

「・・・玉子焼き・・・こぼしちゃった。

 お湯は沸いてないし、味付けは失敗するし・・・・。

 間に合わない・・・ごめんね」

 

 

声がかすれているのは、泣くのを耐えているからだろうか。

頭を肩にぐぃと当てて、

ずっとごめんを繰り返す妻。

 

 

 

妻は、今まで一生懸命過ぎて、

それが「完璧な自分」を作り過ぎていて。

自分が犯してしまった最大の過ちを知っているから、

何かに失敗することをとても怖がっている。

 

 

どんな些細な出来事だとしても。

それがどんな引き金になるかは分からない。

 

 

 

けれど。

 

 

 

「・・・・いいんだよ。何度だってやり直しは出来るんだから」

 

 

「また・・・失敗するかもしれない」

 

 

「なら、2人ですればいい。

 エディが苦手な事を私がしよう。なら、怖くないだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあ、母さんと一緒にしましょうね。

 なら、怖くないでしょう?』

 

 

そうだ。

母さんはそういって、こぼれたクリームのボウルを片付けてくれたんだ。

あれは、初めてケーキを作った時だ。

 

 

 

 

思い通りにいかない事がたくさんあって。

それでも時間は次々に流れてしまうから。

 

とても怖くなって。

何もできなくなってしまう。

 

 

 

でも、いつだって1人ではなかった。

 

 

 

今も支えてくれる大切な人がいる。

 

「さぁ、お弁当をつくろう」と、

寝起きでまだ髪がはねているのに、シャツを腕まくりしている夫。

唖然としている間に、床に落ちて潰れた玉子焼きは片付けられていた。

 

 

 

貴方がそんなにも優しくて、

暖かな思いをくれるから。

私、きっと貴方を失ったら、もう立っていられないと思う。

 

母さんを亡くした以上に、

私はきっと立っていられない。

 

 

だから、お願いだから。

いなくならないでね。

その腕を失って、私はここにいられない。

 

 

 

神様お願いです。

この人をどうか私から奪わないでください。

 

 

 

 

 

 

1人で出来ないことも、2人なら出来るよ。

 

1人では越えられないモノも、2人なら越えられるよ。

 

 

だから、ずっと一緒にいよう。

 

ロイエド子