・・・・・こんなに幸せなのに。
突然、背中を駆け上がるゾクリとした感触。
ねぇ。
どうしよう。
・・・・・どうしたらぃぃ?
足下に手が見える
暗い部屋に1人。
広いここはとても静か。
いつもは2人で食事をするテーブルと、
紅茶とコーヒーを飲むソファー。
読みかけた雑誌は難しい論文が入っているわけではなくて、
今日の夕食のレシピだとか、夏の小物が涼やかに載っているような。
膨らむお腹の中にいる我が子。
夫で父たる彼は、今日は残業だと言う。
笑って過ごしていた反動は大きい。
幸せの波の間に訪れた凪。
どうしてこうも静かなのか。
背中をゾクリと駆け上がる。
「お前は幸せになれるのか」
「もしも子どもを失って、その子を再び取り戻そうとするのか」
「その子どもは・・・・幸せになれるのか」
「お前がなぜ人を生み出せるのか」
「神に背いた禁忌を犯した罪人が!!!」
「また・・・・違う者をお前が巻き込むのだ」
やめて。
やめて。
・・・・・やめてよ。
このお腹の中には紛れなく命が息づいている。
そう人格を持つ、別の命。
以前、自分が欲した「命」が。
夫はこの腹に手を当てて、
本当に愛しそうに撫でてくれるのだ。
「ここに我が子がいるのだね」と、
まだ胎動すら感じないこの腹を。
幸せです。
とても、とても幸せなのです。
この子をどうか産ませてください。
「お前はいいさ。子どもを【選べる】」
「けれど、子どもはお前を【選べない】」
「お前が命を授かるのか?なんと傲慢な女だろう。」
「願ったものは1つではなかったか。」
「まるで神にも似た所作をする。」
誰もいないのに。
何かがこちらに語りかける。
頭に直接響くようにして、自分を追い詰める。
どうして、幸せを願ってはならない?
「お前が禁忌を犯したからだ」
それは償えないものなの?
「この苦しみこそが償いだと思えばいい」
私は幸せになりたい。
「それこそが傲慢だというのだ」
全ては決しているのだよ。
お前があの悪魔にも似た所業をした時から。
すでに歯車は回りきった。
さぁ、次は何を壊す?
真に愛した者か?
それとの子どもか?
さぁ、己の罪の為に何を差し出すのだ。
以前差し出した弟のように。
怖い。
怖い。
怖い。
1人が怖い。
誰かが自分の罪を攻め立てる。
「お前は幸せになどなれないよ」と。
1人にしないで。
この子を奪っていかないで。
お腹を撫でて。
ここに居るよと。
貴方の声を信じるから。
貴方の手の温もりを信じるから。
こんな声など聞きたくはない。
手放せない温もりがここにある。