【墓地あります】

 

 

 

天気予報は明日からの大雨を告げ、

空を見れば夜の暗さだけではない鬱陶しい雨雲のどんよりとした黒さが見て取れる。

生暖かさだけを残しながら、夜の風は随分と秋めいたものになっていた。

どこか草の端でリンリンと虫も鳴き始めた。

 

 

そんな中で1人だけ、満足な月明かりではなく薄暗い街灯を頼りに一本の通りを歩いていく。

 

 

聞いた時はくだらないとその真相解明まで饒舌に話したはずの怖い話と称されるそれを、

全く持って思い出したくないと思うだけで、頭では壊れたビデオのように再生が始まっていた。

 

 

ワザと商店街の中を歩く事で明かりを求めたのだけれど、

普段が騒がしい場所というのは静けさをプラスされると余程怖い場所になってしまうようだ。

 

ヒラリと揺れるセール中ののぼりに驚いたり、

カサリと秋の近づきを教える落ち葉に慄いたり。

 

 

「・・・・迎えに来てもらえばよかった」

 

 

 

 

『明日から大雨になるだろうから、身動きが取れなくなるかも知れない』

 

『なら、今日中に来ればいいじゃないか』

 

『これから?・・・アルになんて言うんだよ』

 

『何もやましい事などないだろう?文献を見られなくて困るのは分かるだろうし、

 雨足が強まるまでに来る事に何の疑問があるのだね。

 もう随分と暗いから迎えにいく。いつもの宿だろう?待っていなさい』

 

『ばかっ!!いいよっ俺が行くし!!

 あっいいな動かずに待っとけよ。途中で会ったら二度とあんたのところなんていかないから!!』

 

 

ガチャリと勢いよく電話を切り、そのまま弟に事情を話して飛び出した。

まさか1人で歩く夜の道がこんなに怖く思えるなんて思ってもみなかったのだ。

 

 

そんな時。

 

 

ガタリと風に動いた看板にやはり驚き二歩ほど下がった先で見てしまった。

 

 

【墓地あります】

 

「なっなんだよ・・・」

 

どうやらそこは石材所らしく乱雑に墓石の元になるであろう石が置いてあった。

 

ゾクリと背中に上る嫌な戦慄。

どうして今までだって通っている道だというのに、こんなタイミングで見つけてしまうのだろうか。

 

 

いやだ。タイミングが嫌。

今まで平静を装って1人平気な顔を誰に見せるでもないけれど作って歩いていたけれど。

 

少しだけ小走りにしたら、その足の音すら後を付いてくる音に聞えて、

そのまま足に力を込めて走り出す。

 

 

あの角を曲がって、三つ先の路地を入って。

それで、それで。

 

 

白い塀が見えたら、あと少し。

 

 

 

「わっ!!」

 

「エディ?!」

 

 

 

玄関前の入り口にそのままのスピードで飛び込むと、そのまま抱きかかえられた。

わっと顔を何かにぶつけたと思ったら、それはロイの腕の中だった。

 

 

「誰かにつけられたのかい?!それとも・・!!」

 

「わぁわぁ大丈夫だから」

 

 

何故玄関先に立っているのか分からないが、右手に発火布を装備するロイに気付いて慌てて止める。

誰に襲われた訳でも、まして誰かに出会った訳でもなくて。

 

 

「・・・・・・・・ちょっと・・・・怖かっただけ」

 

 

本当に小さな声でそう言うと、少しだけ驚いたような顔をした後で、

ロイは目の端を緩めて笑った。

 

 

「何だか、すごく可愛らしいのだが・・・」

 

「うっさい!!」

 

 

抱きかかえたままで目の端にキスをしてくる大人の頭を取りあえず殴る。

 

 

 

リビングの高級そうなソファーに案内されて、暖かい紅茶を振舞われる。

こういうところが抜け目ないというか、女にモテル要素なんだろうなぁとぼんやりそう思う。

 

 

「あの商店街に石材所なんてあったんだ・・・俺知らなかった」

 

「あぁ・・・あったか?」

 

「うん。でさ、【墓地あります】とか書いてあるんだ。

 空き部屋探してるんじゃないんだからさ・・・それ見て怖くなった」

 

 

 

特に何が怖かったとかそんな事を聞かれているわけでは無かったけれど、

言い訳がましくそんな事を言ってみた。

 

 

「まぁ、都市部ではいろいろと大変みたいだからね。墓地がないとか。

 ・・・・死ぬ人が増えるのはしょうがないとしてもね」

 

 

その苦笑した言葉の中に戦争とか軍としての役割とかそんな事が滲んでいるようで、

この話をしたことをしまったと思った。

 

人が死ぬのはロイには関係のないことだと言ってあげたいけれど、

この人はきっとそれを笑って受け止めながら、心ではそれを受け入れないだろう。

そんな生易しいだけの言葉なんていらないに決まってる。

 

 

「まぁ、私は死ねば軍の共同墓地があることだし、そんな事は気にしていないけれどね」

 

 

こちらが言葉に詰まってしまったのが分かったのか、ロイは冗談っぽく笑った。

 

 

「じゃあ俺もそこ。

 軍の共同墓地に入ってあげる」

 

 

だって。軍属だから。

きっと望めばそうしてくれるだろう。

重々しい銘はそのままに、【鋼の錬金術師ここに眠る】とか。

 

 

「・・・・それは嫌だな。君にあの場所は似合わない」

 

 

「だって、あんたそこにいるんだろ?」

 

 

「おや、私が先に入ることは決定かい?」

 

 

くすくすと笑ってロイは続けた。

それは酷く甘い声で。

 

 

「なら、君の為に夫婦墓でも注文しておこう。

 もちろん軍の共同墓地なんかではなくて、小高い・・・そうだな海が見えるような一等地に」

 

 

「ばぁ〜か」

 

ロイエド子