リンリン…リンリン…

 

「っ!!」

 

けたたましくも耳障りな音が何度も鳴るが、

部下は全員出払っているのか、その音が止む気配はない。

 

ガチャリと乱暴に受話器を上げて、耳の傍近くに当てる。

 

「執務室だ。」

ぶっきら棒に言えば、こちらが東方司令部大佐であると分かったからか、

声の不機嫌さに気付いたからか怯えたような声が聞こえる。

 

「しっ失礼します。こちらは守衛室なのですが、鋼の錬金術師の弟と名乗る者が

 お目通りを願い出ています。

身分証明の提示を求めたのですが、鎧を外せないと申しまして…。」

 

「あぁ、十分証明は取れたよ。入れてかまわん」

鎧を外せないという時点で十分な証明であることに苦笑いが浮かぶ。

そんな証明の取り方をしたと彼女に気付かれれば、

右腕で殴りかかってくるだろう姿が想像できる。

 

(しかし、アルフォンスが単独で司令部に来るなど何かあったのか?)

 

しばらくして、ノックの音が響くと、申し訳なさそうに腰を屈めた鎧が入ってきた。

そんな動作も無骨な鎧であるにも拘らず、子どもに見える所以であろうか。

 

「すみません、大佐。ご迷惑をお掛けして…」

「いや、構わないのだが、何かあったのかね」

 

「実は・・・」

恐る恐るといった様子で話されたその内容は、自分を駆り立てるには十分過ぎた。

 

 

 

 

 

「エディ…」

サラリと汗で張り付いた金色の髪を額からどけてやる。

いつもより潤いを無くしたように思える髪質や、汗の浮かぶ額、

頬は熱から赤く色づいていた。

 

苦しそうに吐かれる息は、短い期間で上下する胸と同様で

常よりも荒々しかった。

 

狭い宿の一室にはエドワードの息遣いだけが響いている。

 

 

アルフォンスに聞けば、エドワードが熱を出して倒れたと言った。

 

なんでも、昨日から様子がおかしかったらしいのだが、

東方に帰る支度を整え、列車の切符をアルフォンスが買いに行っている間に悪化したらしい。

電話を入れる間もなく、そのままその町に滞在しようとしたのだが、

「ロイに会いたい」と泣き出したという。

 

動けるまで延期しようと言い聞かせたのだが、聞かず、

ふらふらと1人で列車に乗ろうとしたの止めれば泣き出したのだという。

そんな様子で列車に乗れば、案の定病状は酷くなる一方で、

とうとう倒れてしまったのだという。

 

泣き出した?エドワードが…。

 

弟の前で彼女はロイなとど名前で呼んだりはしない。

第一泣くことすら稀だろう。

 

それを聞いた時、自分はアルフォンスから強引に宿の場所を聞き出すと、

獲るものも獲らず、執務室を駆け出していた。

 

あの、自分に厳しすぎるほど厳しいエドワードが、

泣いて会いたいなどと信じられないような気もしたが、

それでもそんな状態の恋人を1人になどしておけなかった。

 

一秒でも早く姿を見せてやりたかった。

 

 

「っ・・・ロイっ」

 

何度か熱くなったタオルを冷やしては額に返していると、

ゆっくりとその瞳を開けた。

それは、熱の為に潤んでいて、ぼろぼろと涙を溢していく。

 

「エディ?エディ…ここにいる。私はここにいるよ?」

 

左手を布団から出して、ゆっくりと握ってやれば、いつもより熱い生身の体温が

ゆっくりと伝わってくる。

 

自分がいることを分かったのか、エドワードは手に力を込めた。

 

「辛いかい?今、薬を・・・」

 

その声に、エドワードはゆるゆると首をふる。

 

 

「手が痛いのっ・・・右手。薬じゃ治らっ・・・ないから」

 

キシリと生身であるならば響かないであろう金属の擦れる音がする。

そこにあるのは少女の体には痛々しく映る鈍い色の機械鎧。

 

失った場所を体は覚えていて、

その部位がないにも拘らず痛みを発することがあるという。

擬似的な痛み。

治療しようにもその場所は失われていて、

それはあるはずの体の為に脳が見せる悲鳴にも似た痛み。

 

戦時中に体を失った兵士が痛い痛いと叫びながらのた打ち回っていたことを思い出す。

あの屈強な軍人が這い回る程の痛みをこの小さな体で耐えているというのか。

 

会いたいと言ったのだという。

泣いてみせたのだという。

 

その愛しい恋人の為に、自分は何もしてやることはできないのか。

熱を出して、痛みが思い出されたかのようにその右腕を襲っているのだろう。

変わってやれるのなら、自分はどんな痛みにだって耐えてみせるのに。

 

突然に腕を引き寄せるので、その口に耳を持っていくと、

「ロイ・・・キスして?」

途切れながらも、いつもは言わないお願いを口にする。

痛みに耐えて、それでも柔らかく笑う。

「肩に、キスして、ここまでしかないよって・・・」

 

 

言い聞かせるから。

自分の体に。

ここまでしかないよって。

もう腕は、無くなってしまったのと。

 

誰よりも愛しい貴方のキスで、その終わりを教えて。

貴方の熱できっとこの痛みは治まるから。

 

 

「愛しているよ、エドワード。」

 

細い肩から続く冷たい機械鎧のその継ぎ目に、

覆いかぶさるようにして、キスをする。

 

 

ありったけの優しさが君に伝わればいい。

触れた唇から貴女の熱を吸い取れればいい。

 

何度だって、その泥の沼から救い上げるよ。

本当は前を睨まず、留まっていて欲しいと思うけれど、

貴女はそれを自分に許しはしないだろうから。

 

 

 

 

・・・おまけ・・・

 

「・・・姉さん、寝ました?」

「アルフォンス君・・・。」

 

痛みが引いたのか、エドワードは眠りに落ちていた。

 

「ああ、良かった眠れたみたいですね。」

 

心底安心した声を出すので、それが本心であるのだと感じる。

 

「姉さん、熱を出すと甘えたがりになるんですよ。

 いつもがそんな生活していないから、反動なのかもしれないですけど。」

 

「そっそうなのかい」

 

「はい、以前は、りんごをウサギにしてとか、すりおろして、あ〜んとか。

 熱が下がればそんなこと言ったことも覚えてないみたいですけど…。」

 

(なっ!!)

 

「アっアルフォンス君!!もしも、次に鋼のが体調を崩したら、すぐに連れてきなさい。

 動かせない時は、連絡するように!!」

 

(自分以外に甘えるなど…そんなことは許せない)

 

 

ぶつぶつと言いながら仕事に戻る大佐を見送る。

姉さんの呼吸がだいぶ落ち着いたように見えるので、とにかく安心した。

 

えへへ。そのくらいの嘘はいいよね。

 

姉さんが、泣いて会いたいって言ったのは嘘。

本心はそう思っていたとしても、口に出すことはしてくれない。

どんなに辛くても、姉さんは僕の前で泣いたりしない。

 

会いたいとは言わなかったけど、東部行きの列車に乗り込んだのは本当。

意識を失いかけて呼んだのが大佐の名前ってことだけ。

 

体が辛い時でさえ、泣くことを我慢しているのを見て辛かった。

泣くことは出来ない僕だけど、泣きそうになった。

 

熱の時に甘えてくれるなんて嘘。

姉さんは僕には絶対体調が悪いなんて教えてくれない。

 

でも、熱のときにウサギリンゴやすりおろしたリンゴが好きなのは本当。

母さんがいた頃は、よく食べさせてもらっていたもの。

風邪の真似をして食べたこともあったっけ。

 

 

姉さん。

無理しなくてもいいよ。

なんか次は東部に来なくても、大佐が来てくれるみたい。

甘える人を見つけたっていい、その方が僕は嬉しい。

我慢してもらうより、ずっと嬉しい。

病夜
ロイエド子