瞳を閉じてうつらうつら
まどろむ陽気に温かい空間
満たされた眠りに瞼が熱い
「エディ・・・そろそろミルクの時間っと」
娘との久しぶりの休日。
生まれてきてくれてありがとうと思わない日はなく。
「嫁にはやらん」と何度目かの誓いを口にしたのはおよそ五分前。
ピンク色のファーの付いた可愛らしい幼児服は金色の髪に映えて、
ぷにぷにとした頬は桃のように生命力に溢れている。
綺麗なものや幸せだと思うものを世界中から集めたって、
この子の代わりにはならないのだろう。
もちろん、愛しい妻の代わりもありはしないけれど。
自分と同じくらいのゴム製のボールをコロコロと転がせば、
小さな手でしっかりと後を追う。
掴むというより、抱き込むというような体制で「あ〜」とか「う〜」とか上機嫌。
子ども達がケガをしないようにと植えた芝は十分に生えそろい、
まだよろよろと遊ぶ子ども達を優しく包んでいる。
寒さは和らいでいるし、今日は日差しも温かい。
誰に似たのか元気いっぱいの娘たちは、外で遊ぶのが大好きなようで、
やっと外で遊べるようになったので嬉しそうだ。
まだ言葉もしゃべれないし、立つ事も無理。
こんな小さな存在が、今の自分の守りたい物の最前列に並んでいて。
きっとこの子達のためならば、自分はなんだって出来るのだろうなぁと、
ゴムボールを揺らしながら考える。
あぁ、そうだ。
もうすぐ、ミルクの時間だろうか。
人との生活や時間というものに囚われる事が苦手だと感じていた自分が、
頭の中に叩き込んでいた時間まで後、15分。
そこまで正確に食事の時間と決まっている訳ではないが、
娘の生活サイクルを管理している妻に言われた時間がそれだから。
「お腹が空いた」とただの合図だとしても、娘に泣かれるのは辛い事でもあるし。
「さぁ、ご飯にしようか」
まだ遊び足りないと目で訴えるのを一先ず見ない振りをして、
大事に一抱き。さらに二抱き。
双子で2人を一緒に抱き上げられる事を、妻は羨ましいと訴えた事があった。
どちらかだけしか抱き上げられないから、と。
機械鎧ではなくなった腕は、たとえ小さな娘でも両腕に一人ずつを抱えることは出来なかった。
『いいなぁ』と心底羨ましいという顔をしたので、
これは父親の特権なのだと言って、今も堪能している最中だ。
カラカラと庭からリビングに上がれる窓を引いて、
娘をフローリングの床に下ろす。
「「あう」」と漏れる言葉に、笑顔で返して、自分もよいしょと床に上がる。
手で床の温度を感じてみるが、カーテンを閉めていなかったので十分に床は暖かい。
これなら、絨毯のところまで連れて行かなくてもいいだろうとの判断。
「ママにミルクを作ってもらおうね」
くしゃりと娘の頭を撫でて、リビングの先を見る。
おや?
リビングの中央付近に置かれた大き目のソファー。
それは、まだ子どもを授かる前に購入したもので、
文献を読み漁ってはそこで眠ってしまう事のある妻のために、
大きいサイズをと買い求めたものであった。
そのソファーに見慣れた姿。
それでも懐かしいと思えるその姿。
金糸を垂らしてまるでお伽噺のお姫さま。
上下する胸の規則正しさに眠っている事を知る。
「エディ?」
子どもが生まれてから、家事に一生懸命で、文献を読んでいる姿を見なくなって久しい。
妻は、もう目的がないのだから読まなくてもいいんだよと言ってはいたが、
それでも知識欲のある事は知っていたから、申し訳なくも思っていた。
少なからず自分は妻を縛っているのではないかと。
持てるはずのその後の暮らしとか生き方の選択を狭めてしまったのではないかと。
サラリと指をすり抜けるこの髪のように、
自分の元から離れていかないようにと縛ったのは自分。
でも、離せない。
「エディ・・・愛しているよ。」
額にキスをすれば、くすぐったいのか体を動かした。
起こしてしまったかと焦ったが、どうやら眠りは深いらしい。
部屋の入り口に掛けてあったコートを持ってきて、そっと体に掛けてやる。
もう少し休んでいて。
せめてもの休息を。
きょとんとこちらを見ていた娘の傍にいく。
「良い子だね。ママが眠っているから、静かに待とうね」
「「あぃ」」
話せないはずの娘が2人とも同じ返事をして、
それが会話になっている。
あぁ、もう本当に可愛い。
そして、賢い。
意を決してこれからある指令を遂行しなければならない。
もしかしたら、今までに任された任務のどれよりも重大ではないだろうか。
『粉ミルクを製造せよ』
しかも迅速に処理しなければならない。
なぜならば、一刻の遅れは大音響のハーモニーを繰り広げ、
眠りを妨げてしまうかも知れないからである。
これは重大だ。
さぁ、任務の遂行に全力で挑もうか。