事態は急速に動き出す。
壊れてしまった歯車は、
カタリと音を立てながら周り、
グルリグルリと怪しくその円を書く。
いつかそれが癒えるというのなら、
一体何がきっかけだっただろう。
言葉も意思も志向すら上手くかみ合っていなかったけれど、
嫌いになることは出来なかった。
■ どこかに宝箱の鍵がある ■
二度目の練成光りが再び辺りを包んだ。
誰もがロイの方へ向き直るが、彼が紙の練成陣を持っていない事を確認し、
また、彼自身が光りの方角を向いていることで、
それが准将である彼の仕事では無かった事を知る。
そう、練成光りは山肌に沿うようにして建造されている、
トンネルのような鉱物の集合体から発せられていた。
その青白い光りに、トンネルからはみ出していた銀色の車体後方は光りを増し、
それがトンネル内部を光源とするものであることを物語っていた。
救助に駆けつけたもの達は、
列車を覆っていた鉱物が、まるでドミノ板のようなピースとなって、
ハラハラとその姿を変えていく様を、まるで手品か魔法を見るような気分で見ていた。
ロイの練成とは違い、ほとんど音も無く行われるそれ。
そして、目前に現れた列車の車体は、
全く損傷のない、この災害を考えれば正に奇跡としか言いようの無い状態を示した。
どこからとも無く、「わぁぁぁ」という歓声が上がり、
その声に驚いたのか、車内にいた人たちはパチリと目を瞬き、
暗闇に囚われていたであろう空間から、恐る恐るといった感じで、
外を覗いていた。
「安全に十分配慮しつつ、救助を!!!」
ロイの確然とした声が歓声の中に響くと、
軍人たちは、一観客から救助者へと姿を変え、緊張した面持ちで車内に歩を進めた。
車体に傷が無いとは言え、これだけの災害だ。
どこに負傷者がいるとも知れない。
下がっていた救急医と救助隊は、
各々の仕事を再開させた。
後方に下がらせた部下に指揮を取ったロイは、すぐに現れた車体の前方部を目指し走った。
それに続いたのは、ハボック少尉、ホークアイ中尉であり、
「この練成って・・・エドっすよね」と走る上司に問うハボックの顔には、
ホッとした色があった。
ロイは、小さく頷きそれに答える。
山にある鉱物を瞬時に練成して、列車を保護したのだと理解する。
鉱物利用の練成、またその俊敏さは余程の力を要している者でなければ不可能だ。
この規模の練成を行えるのは国家錬金術師であるエドワード以外にいないだろう。
そうして2度の練成を行っている事と、
この規模の練成が行える事を考えれば、エドワードの生存は確認するまでもないと言えた。
3人が、間もなく前方に着くという時。
後方の、これは救助された者の歓声や泣き声なのだろう、とても騒がしい音とは違い、
ザッという地面の砂利を踏みしめた音がした。
ロイはその音をとても注意深く察知し、
動かしていた足を止めた。
後ろに続いていたハボックとホークアイも、
不思議に思いながらその歩を止め、目前の上司に対して、抗議の目を向けた時だった。
2つの影がヨロヨロとこちらに向かっている。
聞こえるのはカチャリという機械の擦れる音であり。
ザッという砂利を踏みしめる音。
この音に3人は聞き覚えがあった。
まだ小さな体で、
それを装着するということがどれ程の負担になるのだろうかと。
大人でも気絶してしまうという手術と苦痛の激しいリハビリを、
通常の3分の1で終わらせてしまったという。
その人の決意と痛みを象徴する音。
それは、機械鎧特有の金属音であった。
「鋼のっ!!!!」
ロイがエドワードの銘を叫びながら、その影に近寄る。
それに反応するようにして、後の2人も続き、駆け出す。
その姿を目に捉えた時。
ロイはその胸を突かれるような思いがした。
ホークアイはその様子に思わず口を押さえた。
ハボックは目を見開いてその光景を見た。
金色の髪が茶色く汚れ、
紅いコートもどこかに引っ掛けたのか肩がほつれている。
機械鎧の右肩に自分の背よりも大きな人を抱えて、
一歩一歩、歩いている小さな子ども。
その顔にはベタリと血が付いていて、
髪と同色であるその瞳。
左目は流れる血から保護されるように閉じられている。
「鋼のっ!!!」
「エドワード君!!!」
「エドっ!!!」
どうして救護を待たないのか。
この小さな体は、いつも無理を強いられている。
まだたった15歳の子どもで。
親の庇護を受けているその歳で。
大きな大人を抱えて、
人の命を救うために大規模な練成をして、
そして、その足をとめない。
「・・・・たい・・准将?」
声に気付いて歩を休めたエドワードは、
3人を右目で確認すると、安心したのか表情を緩めた。
途端にその足はガクリと力を失い、その場に倒れこむような形になる。
慌てて駆け寄り、ロイはエドワードと妻を支える。
エドワードがその肩に抱えていたのは、准将婦人であった。
すぐに駆け寄った軍医は、
ロイの腕から婦人を預かり、その手の脈を取る。
「ご無事です。ご安心ください」と脈を取りながら夫であるロイに言い、
すぐに担架の用意をさせていく。
残されるのはエドワード
その頭には重度の傷
未だに流れる血液
軍医はそのまま、准将夫人に付き添ってその場を離れていく。
それに意を唱えようとしたロイの腕を、
エドワードはそっと制した。
「悪かったよ・・・・でも、怪我はないぜ。
気絶しているだけ・・・・」
離れていく医者を見ながら、
ロイは震えそうになる腕をどうにか押しとめた。
ハボックは担架をホークアイは救急医を呼びに走っている。
ロイは腕にエドワードを抱えると、機械鎧を差し引いての軽さに驚いた。
近くで見れば金色の髪は泥で汚れているのではなく、
そこから溢れてくる血液による赤茶けた汚れであると気付く。
「君は・・・・この傷で練成をしたのかっ?!」
「ドジったのは・・・まぁ・・・ごめん」
エドワードは両方の瞳を閉じて、はぁと熱のこもった息を吐いた。
その声の力なさにロイは溜まらず腕の力を込める。
「あんたが来るなら・・・待ってればよかったかな」
はははっとそれでも笑ってみせるエドワード。
「来ない訳が無い・・・・私がここに」
エドワードの体が小さく揺れた。
きゅっと瞳を堅く閉じ直す。
「そっか・・・・そうだよな。奥さんがいるんだもんな」
静かな声だった。
傷が熱を持ち始めたのだろう、声は熱を含んでいる。
口を開くことさえ億劫だというような。
「私が言いたいのはっ!!」
「あんたの命令だ。・・・・警護はしただろう?」
言葉を切る。
クラリと血液の不足に眩暈がしているのだろエドワードは、
それでもロイの言葉を切った。