この世には永遠なんてものがないと。
そんな事は知っていたというのに。
自分は過ちを繰り返す。
私が命じたのだ。
■ 独白 ■
鋼のがハボックと付き合っていると聞いた時、
そんな馬鹿なことがあるかと半ば笑い出したい気分だった。
見るからに兄弟が関の山。
恋人だなどと何処からそんな話が出てきたというのか。
からかいじゃれ合う2人は、
構いたがりの兄と幼い弟のようでしかない。
身長はデコボコで。
骨格から顔のつくりまで似ても似つかない。
兄弟に見せるのは、あの金色の髪だけだろうか。
しかし、その金色の髪であっても、
同色とは言い難い。
エドワード・エルリックの髪は、
今まで見たことの無いような美しい金色の髪をしているのだ。
希少な琥珀の色や、
溶け出したトーストの上の上質な蜂蜜のような色。
太陽にあたればキラキラと輝くし、
夜の闇の中では地上の月の様な光沢を見せる。
はっきり言って、ハボックの髪の色とは全く違うと言っていいほどだ。
その髪に触れて見たいと思ったのは何時だったろうか。
目の前でパサリと髪紐が解けて、
金色の髪が肩口に広がったのを見たときだ。
あれは執務室で、報告書を持って久しぶりに訪ねてきた鋼のと二人っきりだった。
「あぁ・・・切れちまった」と、手櫛で髪を梳いて、
手元のゴムを練成しなおす様をじっと見入っていた。
思春期の子どもではあるまいし。
あんな簡単な動作に目を奪われている自分を自覚するのに、しばらくの時間を要した。
髪を三つに分けて、器用に編んでいく指の細さとか。
妙に女っぽいその仕草にドキドキとした。
その度に我に返り、
在りえないと嘯いた。
目の前の男に何を考えているのか。
ましてや、一回り以上離れた子ども相手に。
馬鹿馬鹿しい。
知らずに育って行った思いを
塞き止める術など知らなかった。
新聞が騒ぎを知らせる度に不安になった。
たまに掛かってくる電話を受けた日は、どうも調子がよくなった。
街ですれ違う金髪を目で追う自分に気が付いた。
なんだ自分は、彼の事が好きなのか。
それは酷く唐突ではあったけれど、
彼を思っている自分の心に安堵をもたらせた。
・・・・・・・。
あぁ、自分はなんと愚かであろうか。
私が彼を好きだと分かってどうだというのか。
浮かれた気分は一気に地に落ちた。
注ぐ太陽の日差しも、
暖かく映る執務室の絨毯も、
何もかもの色が一度で消えたようだ。
彼は男ではないか。
世間体?
そんなものどうでもいい。
地位?
彼の1人を受け入れるぐらいで揺らぐものではないと自負している。
問題はそんな事ではない。
彼が家族を得られないということだ。
この思いを告げてしまえば、
私は彼に禁忌を強いる。
幼い時に彼は家族を失った。
それは不可抗力な病というものであったが、
彼には力があった。
そして知識と引き換えに、止める理由を持たなかった。
寂しい、会いたい、どうして離れなければならないのか。
幼い彼が理解できない程の情報は、
彼に、禁忌という名の人体練成を起こさせた。
結果は、二度目の母親の喪失と、
もはやたった一人の肉親とでも言うべき弟の消滅。
それに耐え切れず行った、魂の練成。
手に入れた鎧の弟。
弟を盲目であるかのように一心に思うのは、
彼が「家族」を求めている最大の証明ではないか。
他人と縁を結び、やがて子をなし、
愛しながらその子を育て、また命のサイクルが始まる。
彼が望んでいるのはその中に、
暖かな家庭というものを持つということ。
あの子は優しい。
優しすぎる程に優しい。
一度懐に入れたものを、
裏切ることの出来るような人間ではない。
自惚れていようとも、彼は私を手ひどく裏切れはしまい。
痛みを知った少年は、酷く痛みに敏感だ。
醜い大人である私は、彼を優しく仄めかし、
熱い吐息のままに、彼に禁忌を強いるだろう。
子どもの成せない同性で、半生産的な行いを強いる。
それは神が与えた禁忌だと言う。
禁忌を犯した彼は、
両肩に重い荷物を背負っている。
それにどう重ねる事ができようか。
弟にも故郷の者たちにも祝福されないような未来を、
彼に強いる事など、私にはできない。
伝えられない。
一度でも口にしてしまえば、私は彼を手に入れたくなる。
望んでしまう。その先を。
何を犠牲にしてもいい。などと。
あの弟の体を取り戻すと言ったあの瞳を、
自分に向けてはくれないだろうか。などと。
なんと愚かな。
これが人を愛しむという感情ならば、
捨ててしまえばいい。
自分は余程運のいい人間だったのだろう。
一本の電話が執務室に通された。
何とかという将軍殿のご令嬢とお見合いをというものだった。
好都合だと思った。
早く身を固めてしまえばいい。
身動きなど取れなくても構わない。
自分に足枷を付けて、この口に封をしてしまえばいいのだ。
一度会ってからと申し出られたが、
すぐにでも婚姻と言う名で、自分のこの愚かな考えをどうにかしてしまいたかった。
あの子を傷つける前にどうにか。
事態はすぐに動いた。
元々、こちらの地位とこれからの出世に目を付けていた将軍殿は、
すぐにでも結婚をと望んでいたし。
こちらとしても願ったり叶ったりというものだった。
令嬢のことなどあまり考えていなかったが、
それでも父親の意に逆らうような女ではなく、それもすぐにまとまった。
今まで出来なかった結婚というものが、
こうもあっさりと流れに飲み込まれていく。
「なんだこんなものか」と口に出してしまいそうな自分に笑いが込み上げる。
無気力に過ごしたその日々の中。
ただ一度。
電話口で彼に告げた時は、心臓が止まるかと思った。
どんな敵将も。
どんな武器を前にされてだって、こんな事はなかった。
声だけで、自分を殺せてしまうかも知れない人に。
自分はこの婚姻を知らせる。
あぁ、呆れてくれればいい。
「何それ、政略結婚」と笑ってくれてもいい。
聞いていなかったと、怒るだろうか。
『鋼の、今度結婚することになってね』
『あっそうなんだ、おめでとう』
簡単に返されたそんな言葉。
自分の馬鹿さ加減に呆れた。
単調に、まるで自分に関係ないと。
そう言われたような気がした。
元々、絡まるはずの無かった関係だ。
彼が私に向ける感情なんてそんなものだったのだ。
少しでも期待をしていた自分が、本当に情けない。
彼から遠ざかるための婚姻ではないか。
これでいい。
そう納得させて、幾月か経って。
毎日が過ぎて。
そんな日常の中に、噂を聞いた。
「鋼の錬金術師がハボック少尉と付き合っているらしい」と。
最初は笑い飛ばした。
そんな事あるはずがないと。
だってあの男は、無類の女好きで、ボイン好きで、
なぜ、男で、チビで、ガリガリな鋼のなんかを相手にするのか。
そんな訳ないだろう。
それでも、見てしまって。
ハボックが酷く大切そうに、壊れ物を扱うように彼の傍に立っている所を。
あの稀有な金色の髪を、本当に優しく触れる所を。
そうして、その手に、
くすぐったさを滲ませて、横に立つエドワードを。
血が震えた。
喉の奥が熱くて、目の後ろに鈍い痛みが走った。
お前は、禁忌の意味を知っているのか。
その子に再び荷物を背負わせるのか。
奇麗事を並べてみせた。
本当は分かっている。
エドワードの横に幸せそうに立つお前に嫉妬しているのだ。
ただそれだけだ。
その嫉妬を醜く鋼のに当てた。
男の背にかばわれるその姿に腹が立った。
なぜ分からない。
気休めの暖かさで、お前はまた禁忌を犯すのか?
あの時、越えた激情は何だというのだ。
醜い感情。
醜い私の心。
「・・・・上司命令だよ。エドワード・エルリック。
君が護衛に付きたまえ」
私は確かにそう言った。
あの顔色が悪いあの子に向けて。
労わりの言葉ではなく、命令を口にした。
そうして招いたのがこの状態。
カルト山脈から流れ落ちた土砂は、
銀色の列車を覆い、ゴロゴロとした岩が至る所に散らばっている。
煩く響くサイレンの音と、
今だ落盤の続くゴゥという地鳴り。
生きていてくれ。
お願いだから、あの言葉を取り消させてくれないか。
遅いことは承知している。
時間が戻らないことも分かっている。
生きていてくれ。