あぁ、最後に一度お前に会いたかったなんて。

 

             





 

 

 

目覚めれば、瓦礫ではなく、血の匂いとモノの焼けた匂いでもなく。

ただ、真っ白な空間と、鼻をつんと突く薬剤の匂い。

 

「助かったのか」

 

 

いや、違う。

助かったわけではなかった。

ただ、意地汚く生き残ったというだけ。

 

 

ぐぃと力を込めようと、

まるでその先など知らないかというように無視を決め込んでいる。

このポンコツな足は、もう動かないらしい。

体には自信があり、体力にはもっと自信があったというのに。

 

もう、動かないらしい。

 

 

専門的な知識などないけれど、

これでも軍人の端くれ。

 

自分のどこから血が流れればヤバくて、どこを押さえれば血が止まるか。

足が折れた時の対処。

爆風からの身の守り方や、眼球の保護。

士官学校で教えられたのは医療の末端だろうけれど、

それでも生きる術を。

送り出されるであろう戦場での帰還術を叩き込まれた。

 

だから、自分が痛めたのが、脊髄で。

重すぎる言葉は「下半身不随」

 

情けなくて泣きそうだ。

いや、笑い出しそうなのかも知れない。

 

あぁ、戦場で死んでいった奴はどれだけ不幸な奴だろうと、

ぷかりとタバコを燻らせて、そうして見ていた俺なのに。

戦場で死ぬ事もなく、

上司に守られて、ただの荷物としてここにいる。

 

そう言えば、士官学校の訓練官殿はこうも言っただろうか。

 

 

「荷物はできるだけ軽い方がよい」と。

 

 

それが一般に言う、荷物だろうと、

今よりも遥かに純真だったろう自分は、そう受け取ったけれど。

 

それは、あの皮袋に詰め込んでいた埃を被ったタオルや血を含んだ軍帽や、

カスカスの乾パンの詰め合わせなどではなく。

ましてや、帰還の時に履こうと決めていて取っていた真新しい靴下でもなく。

 

 

あぁ、「今の俺」

 

 

 

ごめんな。

俺、ここにもう居られないみたいだ。

 

ずりぃよな・・・俺。

 

どんだけ無理してるかなんて、分かってるつもりなんだ。

その何十分の一でいいから、取り去ってやりたいなんて思ってたんだ。

 

大人相手に、言わないでいい事まで言って。

使わなくて良い愛想笑いまでして。

どんだけ酷い事を言われたって、弟をかばって立ってるもんな。

 

俺たちの前で、無理して子どもっぽく振舞ったり。

それで、あの人の良い曹長なんかは救われてたりするんだろうな。

 

 

だから、一番に迎えてやって、

その金糸がくしゃってなるくらいには、頭撫でてやりたかったのに。

 

すまん・・・もう出来そうにない。

 

 

 

もう一度、お前に会いたいなんて。

薄れる意識と上司の呼ぶ声のなか思ったりしたけれど。

 

俺、泣き顔を見たくない。

 

 

すごく傲慢で、都合のいい考えだと思うけれど。

でも、会えない。

 

会いたいけれど。会えそうにない。

 

 

そうだ、あの上司には、どこかに配属になったとでも言ってもらおうか。

あの優しすぎる同僚たちにも、頼んで置かなければ。

頭を下げて「最後の願いだ」とでも言えば、

眉をひそめるくらいはされそうだが、きっと叶えてくれるだろう。

 

最後に酷い願いを1つ。

 

 

聡いお前の事だから、きっと気付くのだろう。

・・・もしかしたら、准将の時と同じ扱いか?

あぁ・・・本当に気付くだろう。

 

 

それなら、はっきりと死んだと言って貰おうか。

軍人としての俺は死んだのだから、

上司と同僚は嘘つきにはならずに済むだろう。

 

 

 

東部の田舎のニュースペーパーは、

ここより何日も遅れて情報が届くから、

軍の一大事も、政権の交代も、きっと3日遅れぐらいに知るだろう。

 

のんびりお茶でも飲みながら、

新聞のインクに汚れる手で、きっと騒ぎの動向を知ってはイライラするだろう。

 

軍の不味いお茶が恋しくなって、

書類のインクに汚れない手で、それでもお前が起こした騒ぎが届くたびにイライラしてたように。

 

 

違うのはそのくらい。

そして、もう守れないという事。

 

背中にかばってでも助けてやろうとか、

銃弾の壁にぐらいなってやろうとか、

そんな馬鹿げた、けれども真面目に考えていた事だけど、

もう、出来そうにない。

 

 

そんな場面になっても、醜く地面を這い回るだけだろうから。

 

 

 

あぁ、最後に一度お前に会いたかったなんて。

なんて、なんて。

 

 

毎日なんて非日常。

日常なんて幻想で、同じ日なんて、1つだってありはしないのに。

 

どこかボケていたのか、続くと思っていた。

喧騒の軍の中心に足を踏み込んでいたというのに。

 

 

「よう、大将」

なんて、また。

また、言えると思っていたんだ。

 

 

やっぱり、最後に一度会いたかった。

幻想哀歌

このお話はガンガン3月号のネタバレを含んでおります。
それでもOKと言う方のみお進みください。
ハボさんのネタバレです!注意!!!


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ハボエド子