「おっじゃまします」
キィと少し軋んだ音を立てて、入ってきたのは小さな妊婦。
金色の髪は肩に流して、淡いクリーム色のワンピースに若草色のショールを羽織っている。
胸元にある控えめなリポンの切り替えしから下は、ふっくらと盛り上がり、
そこに新たな命を宿す女性特有の空気があった。
「エディ?!出歩いて平気なのかい?!!」
目ざとく妻を見つけた夫は、手をデスクに付いて勢いよく立ち上がる。
その為に何枚かの書類がハラリと床に落ちたが、まったく拾う気配がないので、
横にいたハボックは黙って書類を元の位置に戻した。
その時に口に咥えていたタバコは、まだ半分以上残ってはいたのだが、
潔く灰皿の上で揉み消した。
「わぁ久しぶりですね。エドワードさん」
「こんにちは、フュリー少尉」
にこりと花がこぼれるような笑顔でゆっくりと挨拶をするエドに、
ほんのり頬を染めるフュリーを見て、ロイは慌ててその腕の中に妻を抱きこんだ。
「えぇい!!見るなエディが減るだろうが」
「なっ・・・何言ってんだよばかっ!!」
突然現れた最愛の妻を守る事に必死になった夫。
まるで軍部の司令官としての威厳などチリのようである。
回された腕の中から、抜け出そうと暴れるエドは、やはり照れてはいるものの、
周りから見れば「はいはいゴチソウサマデス」と言った感である。
ハボックは彼女欲しいなぁと呟き、ブレダはそんなハボックの肩をそっと叩いてやった。
「ところで、どうしたのエドワード君?」
冷静沈着な副官、リザ・ホークアイが、ガチャリと銃の安全装置を外しながら、
ゆっくりと上官の頭に近づける。
まいったのポーズを取り、妻を名残惜しそうに腕の中から解放してやれば、
まだ頬が赤いエドワードは、「ありがとう大尉」と言いながら、乱れた服を直した。
「うん。挨拶に来たんだけど、忙しいかな?」
「あいさつ?どうかしたの?」
「・・・これからリゼンブールに帰ろうかと思って」
ほんわか。春うらら。
優しい空気は妊婦のモノなのか、あたりは「あぁ、里帰りねぇ」と、
膨らんでいるエドワードのお腹を見て納得していた。
・・・一部、某夫を除いては。
「では、赤ちゃんはリゼンブールで産むの?」
「そうしようかなって、こっちの先生とも話したんだけど
やっぱりその方が安心だっていうし」
「双子の予定なのよね?」
「うん。・・・・って、ところで大尉。
ほんっとぉに悪いんだけど、あれ、お願いします」
「えぇ、気にしないで、元気な赤ちゃんを産んでちょうだいね」
小さな妊婦は金色の髪を揺らしながら、ぺこりとお辞儀をした。
銃の安全装置は外したままのホークアイ大尉は、
さらりとあれ呼ばわりされた彼を見る。
妻にあれ呼ばわりされている、某夫は、ここでは司令官だというのに、
全く相手にされていない状況で、隅の方で小さく成っていた。
妻が「あいさつに」と言った時から、顔色を変えて小さくなっていくのを、
部下たちはあえて視線の中には入れないように努力していた。
目が合ったら最後だと、優秀な軍人たちはその空気でもって状況を的確に読むことに
成功していたのだ。