午後の休日は貴方と昔を話しましょう

ぽかぽかと日差しが差し込むテラスでゆっくりと紅茶を淹れる。

 

最愛の旦那様はコーヒーがお好みなので、それを。

 

仕事場の眠気覚ましの為のものではないから、少し薄めに。

 

自分のコーヒーには普段苦手なミルクと砂糖をたっぷりと入れるのだけれど、

 

旦那様は甘いものがそんなに得意ではないので、ブラックで。

 

 

少しずつ覚えていった彼の好み。

 

なんだかとても照れくさいのだけれど、心がぽかぽかしてくる。

 

 

朝起きて、夜眠るまで。

 

眠った後の夢の中から、幸せの溢れる朝まで。

 

自分の成すべき事しか見えていなかった長い間。

 

その時間が今では、幸せに溢れていたりする。

 

 

不思議だと。

 

本当に不思議だと思う。

 

彼に出会わなければ、自分は深い後悔の中で鎧の弟だけを見つめて

 

そうして生きていったのだろうか。

 

いや、生きてはいけなかったのかも知れない。

 

 

でも、自分には彼が現れて。

 

示した道は決して優しいものではなかったけれど、

 

それでも進む道が見えて、いつからか、彼のことを大切に想った。

 

もう、それは当然のことのように。

 

 

自分は、機械鎧の体で禁忌を犯した身で女らしさなんてものは必要ないと思っていた。

 

だけれど、彼の前にいる間は妙に心の奥がザワザワして、

 

会えると嬉しくなって、離れると息が詰まるように苦しかった。

 

それが、恋しいだとかそんな感情だということに

 

気づかなかったのか、隠そうとしていたのか、それは分からないけれど、

 

確かなことは、彼が自分に想いを告げてくれたその時に

 

自分は泣いてしまったということで。

 

 

あぁ、ただ愛しいのだと。

 

こんな自分を壊れてしまうかのように抱く腕とか

 

髪を梳くように撫でるその手の暖かさだとか

 

自分の罪を全て知っていて尚、見つめるその漆黒の瞳だとか

 

彼の全てが、今、自分にとって

 

だだ、愛しいのだとそう思って。

 

心の音が深夜の静かな海のように、ただ穏やかになっていくのを感じた。

 

 

そうしたら、涙が溢れてきて。

 

 

それを見て焦る彼が

 

本当に可愛らしく見えて。

 

14も年上の彼なのに、本当に可愛らしくて。

 

愛しさが溢れ出してきた。

 

 

悲しくて泣いているのでは無いことを、

 

嫌だから泣いているのでは無いことを、

 

彼にそっと告げて。

 

 

しかし、自分にはまだ成すべきことが残っているから、

 

もう少しだけ待っていて、と。

 

必ず、全てを取り戻して、

 

貴方が示してくれたその道をしっかりと進み、

 

必ず帰ってくるから、と。

 

それは、きっと貴方の傍だから、と。

 

 

今は、自分の罪を背負わせてしまった弟が自分の一番なのだ、と。

 

 

弟を残して自分は幸せにはなれない。

 

今が不幸せとか、後悔しているとかそういうのではなくて、

 

ましてや、弟がいるから自分が幸せなのではないなんて、そんなことではなくて、

 

自分たちは、本当に求めているものがあるから。

 

 

だから、もう少しだけ

 

貴方の傍に留まることを

 

自分に許さないで。

 

 

溢れる幸せでその場に留めないで。

 

もう少しだけ。

 

 

 

「エディ?」

 

 

久しぶりの休みに書庫を整頓していたら、妻の好みそうな本が出てきた。

 

彼女はもう研究に明け暮れることはないのだけれど、

 

それでも読書は好きなようで、図書館に通ったり、集中しすぎて読みふけってしまうことが多々あった。

 

渡そうと思ってしまっていたのに、

 

渡しそびれていた本を見つけて時計を見れば約束の3時。

 

3時には休憩にしようと、テラスで休もうとそう言われていた。

 

 

ぽかぽかとすでに中心を外れた太陽の日差しが差し込むテラスには、

 

白いテーブルと何脚かのイスが置かれている。

 

引っ越した時に、どうせ客が多いだろうからと、ダイニングテーブルのイスも多く用意したのと同じよう

 

に、テラスのテーブルに合わせたイスも多くある。

 

 

漂ってくる香ばしいコーヒーの香りは彼女が自分の為に淹れてくれたもので、

 

彼女の飲み物は最近のお気に入りはアッサムティーだろう。

 

コーヒーの苦さがダメなのだと、砂糖と、これまた苦手なミルクを入れて飲んでいたことを思い出す。

 

それを聞いてから副官は、彼女に紅茶を淹れるようになった。

 

紅茶は種類が豊富で好みによって様々だが、茶葉は幼馴染のウィンリィ嬢との買い物でいろいろと仕入れ

 

てくるらしかった。

 

 

コーヒーと紅茶の香り以外に、甘い香りがあるのに気づきテーブルを見れば

 

大き目のバスケットに入れられたクッキーが目に入る。

 

 

結婚するまでは思いもよらなかったが、エディは料理上手であった。

 

ダブリスにいる師匠から習ったのだとか、母上が健在の時から手伝いはしていたのだとか、

 

あちこち旅をしているときに、自炊しなければならない時もあったのだとか、様々に言われたが、

 

彼女の料理は上手かった。

 

それが、惚れた欲目ではないということも付け加えて。

 

 

そんな彼女は、お菓子も時折つくるようで、

 

きっとこのクッキーも休憩の時間に合わせての手作りのものだろう。

 

だから、時間を決めて休憩をしようと言ったのかと思い当たって、顔がほころぶのを抑えられなかった。

 

 

 

ロイの自分を呼ぶ声に、意識を浮上させる。

 

 

この暖かな気候は、自分に昔を思い出させた。

 

幸せだと思うその延長に、彼を想い始めた自分がいる。

 

それは、なんと幸せなことなのだろう。

 

 

「片付けはどう?」

 

「順調だよ。これは戦利品だ。」

 

 

そう言って、差し出されたのは以前見つけたといっていた本で、

 

後で渡そうと言われたままだったことを思い出す。

 

 

知識を得なければならなかった時とは違い、

 

今では催促するような本は必要なかった。

 

しかし、自分の好みにあった本を見つけてくれるロイに嬉しくなる。

 

ありがとう、とお礼を言って席に促す。

 

 

 

暖かな日差しに見えるのは暖かな眼差し。

 

貴方のための甘さをおさえたクッキーと

 

薄めのコーヒー

 

そして、自分の為に持ち出された本をテーブルに置いて

 

もう少し暑くなったら、レモネードもいいかもしれないねと笑いあって

 

さっき昔のことを思い出していたのだと切り出せば、

 

いつの事だい?と聞かれたので、告白されたときかな?と言ってみる。

 

ああ、君が泣き出してしまったあの時かい?なんて言うものだから、

 

ロイが泣くなと焦ったあの時だよと言い返す。

 

2人で笑って、コーヒーと紅茶を飲んで、

 

同じクッキーを口に入れる。

 

単純で

 

でも難しくて

 

ここまで来る間に話し切れはしない多くのことがあったけれど、

 

同じ場所で

 

貴方の好きなものを

 

私の好きなものを

 

互いに持ち寄って

 

そうして過ごす時が訪れたそのことが

 

今はただ本当に

 

幸せです。

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