心は身体に縛られて、自由に動く事はないという。

 

身体はいつも不自由で、心がなくては動けない。

 

 

 

 

身体は魂の墓場だと、どこか昔の哲学者が言った。

 

永遠の時を生き、自由なはずの魂は、

身体という時限のものに縛られて、動く事もままならないと。

 

 

 

もっと空高く飛び立ちたい。

瞬時にあの川の向こうに駆け出したい。

綺麗なものだけを感じて過ごしたい。

 

 

 

願いは多くあるというのに。

この身体は自分に不自由しか連れてこない。

 

 

 

神の国はみな自由だと。

魂は生き続け、その動きは縛られない。

だから我らは死してその自由な国にいくのだと。

 

それを望まなければならないと。

 

 

 

 

 

けれど、痛みを知らないその魂は、

どれほど滑稽で。

どれほど自分勝手で。

どれほど他者を傷つけることだろう。

 

 

 

肉体は痛みを感じる。

 

なんと煩わしい事だけれど、

魂には感じ得ない痛みを与える。

 

 

 

それは他者の痛みを感じ、

そして魂に成長をもたらすための一要素。

 

 

 

 

だから人間は、

泣き、笑い、痛んで人を知る。

魂はいつも身体に縛られている。

 

苦しくても生きることを望んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 箱には凍った林檎だけ ■ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

苦しい。

辛い。

 

 

 

頭が燃えるように感じる。

それとも胸が潰れてしまったのだろうか、

息も上手く吸うことができない。

 

足は動くか?

両腕は?

 

背中もズキズキとする。

 

 

どこが痛いのかなんて、分からないほどに。

全てが麻痺したみたいだ。

目の前はボンヤリとしているし、

瞳を開けているのか閉じているのかさえ曖昧だ。

 

 

もしかしたら、夢の中かも知れないし、

ここがどこかも分からない。

 

 

 

 

 

堪らなく寂しさが込み上げる。

ここに1人?

 

 

1人は嫌だ。

1人は寂しい。

悲しい。

泣きたい。

 

 

 

息は喉に詰まったように吸っても上手く肺に入ってはくれないし、

目頭は熱くなる一方だし。

 

 

だってだってもう。

もう無理なんだもん。

 

 

 

いっぱい頑張った。

誰にいってもらっても頷いたりしないけれど、

いっぱいいっぱい頑張ったもん。

 

 

もう、何かしろって言われたって。

頑張れって言われたって。

 

 

これ以上できない。

これが自分のいっぱいなんだもん。

 

 

 

 

うぇ。

気持ち悪くなってきた。

 

こんなの嫌だ。

こんな自分が嫌だ。

 

 

 

分かってる。

しなきゃならないことも。

諦めたってどうにもならないことも。

 

 

だってアルが泣くし、

鎧じゃ泣けないってずっと泣いてる。

俺だって取り戻してやりたいし、取り戻さないと駄目だ。

アルが幸せに成れないなんて、

そんなの嘘だし、そんな訳にはいかない。

 

それだけは絶対に駄目だ。

 

 

 

頑張らないといけない。

走らないといけない。

 

 

だから、まだこの資格は必要で。

自分はこれが無いとどうにもならないような子どもで。

 

 

 

だから、あの人のもとを完全に離れるなんて出来なくて。

 

全部、全部投げ出してしまいたいのに。

大好きなのに。

傍にいるのは辛いのに。

 

 

絶対にまだ離れられなくて。

離れたくて。

でも、離れたくなくて。

 

 

 

苦しいよぉ。

もう・・・どうしたらいいのか分かんない。

分かんない。

 

 

 

 

 

うぇ・・・・ここどこ。

どうして1人なの?

 

また置いていかれたの?

また誰かがいなくなったの?

 

 

 

 

「・・・・・苦しいよぉ」

 

 

 

『エドワード・・・・?』

 

 

 

声が聞こえる。

とても優しい声。

 

 

自分の名前を呼んでくれるその声。

とても愛しい人の声。

 

 

 

大佐だ。

大佐の声がする。

 

 

 

 

あぁ・・・・やっぱり夢の中なんだ。

だって大佐はあんな声で自分を呼んでくれない。

名前でなんて呼んでくれない。

 

 

いつも呼ぶのは国家錬金術師の銘で。

自分の機械鎧に付いたそんな銘で呼ぶんだ。

 

それに優しい。

 

 

 

 

怒られてて、

なんで?

 

あぁ・・・・俺が奥さんを守れなかったから。

 

だから、きっと怒ってて。

 

 

ごめんね。

ごめんなさい。

 

 

 

嫌いにならないで?

 

 

 

「たいっさ・・・・ごめっ・・・嫌いにならないで」

 

 

 

夢だから。

夢だけでいいから。

 

現実の貴方はもう自分の元にはいてくれないから。

それは分かっているから。

 

 

だから、夢だけ。

嫌いになったりしないで。

 

 

 

『どうして?嫌ってなんてないよ。・・・・ずっとそうだ。

 君を嫌いになるなんて、あるはずがない』

 

 

 

うわっ俺ってばすごく都合がいい夢をみてる。

笑ってくれるんだもん。

 

ずっとか。

ずっと嫌いにならないでくれるなんて。

そんなこと、きっとないけれど。

すごく嬉しい。

 

 

 

 

今なら、言えるかなぁ。

貴方に言いたくて。

言いたくて。

言いたくて。

 

 

でも、言えなくて。

言ってはいけなくて。

 

 

そんな、心のずっと奥に鍵をつけて沈めたあの箱を。

開けてもいいだろうか。

 

 

優しい大佐。

夢の中の大佐。

貴方になら告げても罪にならないだろうか。

 

 

 

「ずっと・・・・ずっと・・・・苦しかった」

 

『・・・・うん』

 

「ずっと・・・・誰かにもういいよって言ってもらいたかった」

 

『うん・・・・うん』

 

 

 

夢の大佐は頷く。

とても静かに相槌を打っては、

額に流れている髪を梳くようにして、頭を撫でてくれる。

 

 

その動きが気持ちよくて、

瞼を閉じてしまいそうになるけれど、

それでもぼやけた視界に移る大佐から目を離したくなくはない。

 

 

 

「ずっと言いたかった・・・・大佐に嘘を付いてたから」

 

 

『・・・・・なに?』

 

 

これは都合の良い夢。

ずっと言えなかった自分の罪を誰かに伝えたいだけ。

 

少しでも心を軽くしたいだなんて、

そんな自分勝手な考え。

 

 

きっと目が覚めて。

回りに誰もいないのを見て。

すごく落ち込むだろうけれど。

結局は前になんて進んでいないけれど。

 

 

それでも、言いたくて。

この嘘を話してしまいたくて。

貴方に伝えたくて。

 

 

 

 

カチャリ

 

 

鍵を開けましょう。

どうしても捨て切れなかった私の心の最奥の。

堅く閉じた箱の中。

 

 

 

決して綺麗なモノではないけれど。

決して尊いモノではないけれど。

 

 

それでも私のとても大切な。

溢れて溢れてどうしようもなかった大切なもの。

 

 

 

 

聞いてくれますか?

 

 

 

「俺っ・・・・女なのっ・・・ずっと騙して・・・た。

 男だなんて嘘だよ。嘘・・・・だから、ごめんなさい」

 

 

 

女なの。

ずっと女の子で、嘘付いて男って言ってたけど。

 

 

貴方にあって、女なんだって気が付いた。

 

 

 

こんなに愛しく思える自分がいる。

こんなに愛しく思って欲しいと望む自分がいる。

 

 

それは狂気にも似た思い。

 

 

 

「ずっと・・・ずっと言えなかったけど・・・・・。

 俺は大佐が・・・・あんたが・・・・・・・・」

 

 

 

夢だから。

現実には言わないから。

 

 

許してください。

 

 

この声を。

許してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

あんたの黒い髪が好き。

その黒色の瞳が好き。

私を呼ぶ声が好き。

低く届くその声音が好き。

暖かな腕が好き。

困ったような笑い顔が好き。

コーヒーを無理して飲む貴方が好き。

 

 

 

貴方が好き。

もう・・・・っとに・・・・息もできない。

ロイエド子