その日、微笑を絶やさないと有名なロイ・マスタングは
滅多に見せない眉のしわを濃くしていた。
その漆黒の闇夜に例えられる瞳に映すのは、金色の一組の男女。
どちらも見知っているのだが、その組み合わせがよろしくない。
「・・・なぜ、ハボック医師がここにいるのだね」
ここは、第一外科控え室。
一般診療を交代で行うために、準備や待機をする場所である。
半ば無理やりに自分の補助をエドワードに任せたことにより、
この控え室では、二人っきりになれる算段だった。
それは、本当に無理やりで、何度ホークアイのカルテと戦ったか知れない。
致命傷こそ無かったものの、角で叩かれること数回。
やっと勝ち得たこの空間を、楽しみにやってくればそこには1人の男性がいた。
何やらおそろいにも見える金色の髪がやたらと目立つ様も気に入らない。
「あぁ、どうも。リハビリ科転属して、第一外科に来ようかなぁ〜とか。」
もう、トレードマークになりつつある咥えタバコは問題だが、
この際、言わないでおこう。
それよりも問題なのは、転属希望の理由である。
・・・いや、その親しげな空気から、その理由が身に覚えのあることだと理解している。
目当ては、エドワードだ。
「リハビリ科は人員不足だと言うじゃないか。離れても大丈夫なのかね」
「今月に退院予定者が多いってだけで、これ乗り切れば、こっちの方が足りないって
ことらしいっスよ。」
うむ。正論。
「ハボックは臨床医よりも、リハビリに向いているだろう」
「あぁ、でも、いろんなところで経験を積むいい機会だと思うんっスよ」
これまた、よくあること。
「・・・ダメっスか?」
「・・・・・」
どうやって、この危険分子をエドワードから遠ざけてやろうか。
いい案が浮かばないままに、こちらを見ていたハボックは
クルリと振り返り、傍にいたエドワードに声をかける。
「なあ、エド。お前、リハビリ科に来ないか?いろいろ知りたいって言ってただろ?
俺は、当分あっちに居てもいいし、その間なら教えてもやれる。」
「えっ!!本当?」
きゃっと言わんばかりに喜んだ様子で、カルテで顔を隠しているエドワードは
もう、べらぼうに可愛い。
その様子に、言った本人も、聞いていたロイも、しばし見とれていた。
「!!!ダメだ。エドワードは第一外科勤務ナースだぞ!!
しかもお前、今、エドとか呼ばなかったか??!」
流れのままに、逆に自分から遠ざけてしまいそうになってロイは焦った。
さらに、自分がまだ愛称で呼んでいないエドワードを軽くエドと呼んでいる。
純粋に腹が立った。
その声に、ハボックはニヤリと笑う。
「俺、第一外科に転属していいっスかね?」
・・・不本意だがやむを得ない。
ハボックを遠ざけて、エドワードまで付いていくことになったら
元も子もない上に、状況は悪化している。
ロイは苦々しく頷いた。
ハボックとしては、そんなことになれば、ホークアイが黙っていないことは
重々理解していたが、何故かそんなことにまで頭の回っていないロイのお陰で
無事に転属できそうで良かったと思う。
「・・・ロイ先生は、ハボック先生と知り合いなんですか」
エドワードは控え室にハボックが居たことも驚いたが、
それに何も言わなかったロイにも驚いた。
かなり親しげな様子だということも見て取れた。
「ハボックは医大の後輩なのだよ。」
自分のことを「マスタング先生」ではなく、「ロイ先生」と呼ぶように言って、
それを実行してくれるだけで、
先ほどのイライラが吹き飛んでいく。
至極単純だと思うものの、嬉しいのだからしょうがない。
自分の補助をしながらそう聞いてくるエドワードに、
昔のことを思い出す。
医大で医学を学んだ数年の内、結構な年数をハボックと過ごした。
彼は、自分の後輩の中でもひょうひょうとどこか掴み所がない性格だったが、
付き合いやすく、人気も高かったように思う。
真面目に勉強すれば、それなりの学力であるにも関わらず、
誰かれの世話を見てしまうハボックは、今一歩、詰めが甘かった。
試験の数日前になって、ノートが貸して返ってこないだとか、
何度か泣きつかれたこともあった。
そんな人の良さと適度な馴れ馴れしさを気に入っていたので、
ハボックを気にかけてやっていた。
今、考えれば利用されていただけのような気もしてくるが。
上司の扱いが上手かったのか、それなりの成績を残し、医大を卒業し、
医師となった彼は、
私と同期だったヒューズの声により、ここに就職を決めた。
その後は、腕の良いリハビリトレーナとして
確かな実績を残していると言っていい働きをしている。
・・・思わぬ伏兵となったことも事実であるが。
何故か、飼い犬に手を噛まれたような気も起こらないことはないが、
だからと言って、飼い犬は飼い犬。
今までの恩を仇で返すような真似を許すつもりは毛頭無い。
こちらの陣地まで乗り込んできたことを、しっかり後悔してもらい、
それなりに役立ってもらおうと、考える。
なにせ、最大の壁に、ホークアイ婦長がいるのだから。
転んでもただでは起きない男、ロイ・マスタング。
ハボックは、ホークアイ攻略のための手駒として使われることとなった・・・。
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はめられたのは誰 | ![]() |
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