「あっついなぁ〜」

 

 

この日差しはどうだろう。

3日前までは朝晩の寒さに気をつけていたというのに、

今日はもしかしたら夏日というような暑さだ。

その空気の中にはしっとりとした雨の気配があるものだから、よけいに蒸しているのだろう。

今日の天気予報は曇りのち雨。

この春うららかな休日になんとも無粋な天気ではないか。

 

 

「明日は雨だって・・・さ」

「ふむ。どうしようかね」

 

 

娘たちを連れて河川敷に行こうと思っていたのだ。

先週の休日にはまだ蕾であった桜の花は、今では満開だという。

そして来週にはもう葉桜という、とても儚い花なのだ。

 

「雨だったら・・・動きづらいだろうなぁ」

「風邪でも引いたら可哀想だしね」

 

両親のそれぞれの腕の中には、まだ幼い娘が抱かれている。

頬はまさに桜色というような色をして、機嫌が良いのだろうきゃらきゃらと笑っている。

最近が暖かくなったとは言え、明日はどうだか分からない。

雨というなら、尚の事そうだ。

娘を抱いて、雨を避けながら桜見物ができるだろうか。

まだ幼い子どものために、ミルクに着替えオムツにタオルと鞄にいっぱいの荷物も必要だ。

ちょっとそこまでと買い物に出かけるにも一苦労なのだから、

人で込み合う雨の観光地を歩くのには不安がある。

夫が一緒だとしても。

 

 

「朝の天気を見てから決めようか」

「・・・それじゃ準備間に合わないんじゃないか?」

 

お花見をするなら、きちんとバスケットにお弁当を詰めて行きたい。

スープとかそういった物も水筒に入れたり、お菓子もパイを焼いて行ったらどうだろう。

そんないろいろな準備を明日の天候で判断してからでは間に合わない。

ただでさえ、混雑しているだろう場所を目指すのだから。

 

「なに、それは大丈夫だよ。場所の確保は任せなさい」

「うん?なんだよその自信は」

 

娘に頬擦りをしながら、なんとも幸せそうで、そして自信たっぷりな夫の顔。

ニヤリと口の端を緩めたと思ったら、一言こう言った。

 

「私は国軍将軍職だよ?こういう時に権力というものは行使するんだよ、エディ」

 

 

 

翌日の朝。

なんとか晴れているその天気に、夫婦は花見の決行を決める。

「本当に大丈夫なのか?」と尋ねる妻を、

いいから昼食の準備を任せるよとキッチンに押し込む夫の姿。

幼い娘は未だベッドの中で可愛らしい寝息を立てている。

 

夫が向かったのは書斎に付けている軍直通の電話。

受話器を上げて、押しなれた番号を暗記したままに指を動かす。

短い機械音が聞こえてから、いやに間延びした声で、「こちら執務室です」と応答がある。

いつもの副官の声ならば、早朝だろうと有事明けの混乱時であろうと変わらないというのに、

まったくこの男はいつまでたってもこんな奴だ。

 

「あぁ、私だハボック。ご苦労だな」

「はいはい。って何ですか、こんな早くに。今日は非番でしょう?」

 

まったく上司を蔑ろにする部下だ。まぁ、いつもの事なので今更咎めようとは思わないが。

 

「いや、仕事を1つ増やさなくてはならなくなった。

 心して聞くように」

「っ!!イエッサー!!」

 

急にビシリと音がするのではないかと言う声を出した部下に、苦笑が漏れる。

 

「そう、硬くなるな。まあ、重要な任務ではあるがな」

「でっ何なんスか?」

 

硬くなるなと言った先から、増す気安さ。

・・・・まぁ、いいが。

 

「お前たち、今日の勤務明けに花見をすると言っていただろう?」

 

「はっはい?ええそうですが・・・」

 

「抜け目ないお前たちの事だ、場所取りは誰がやっているのかね」

 

「あぁ〜と・・・フュリーですが」

 

「ふむ。フュリーか。今日は市内見回りだったな・・・なるほど」

 

「いっいやですねぇ・・・きちんと見回りはしますって!!」

 

「今は誰がいるのかね?」

 

「・・・・・・・・」

 

「答えたならば不問にしようではないか」

 

「ファルマンです」

 

「即答か・・・まぁいい。では至急ファルマンに伝令。

 その場所の提供を求める」

 

「はい?」

 

「マスタングご一行様とでもしておくんだな。頼んだぞ」

 

 

 

 

バスケットは夫が持ち、腕には長女。

妻は次女を抱き、混雑する花見スポットを進んだ。

 

「なぁ〜やっぱり場所なんて・・・って、アレ?」

「あぁ、みたいだな」

 

 

そこには見慣れた軍服。

敷物を広げたその上に、居心地悪そうに座っている。

 

「ご苦労だったなフュリー准尉、視察に戻って構わないよ」

「はっはい!!失礼します。あぁエドワードさんも、楽しんでくださいね」

「えっ?あぁ・・・」

 

脱兎の如く駆けり去っていくその後姿を唖然と見るしかない妻。

そんな事はどうでもいいと言うように、さっさと敷物の上に腰を下ろす夫。

 

 

広々と満開の桜の下に引かれた敷物。

そこに座っていた人の良い准尉。

 

「って・・・ロイ!!権力行使って仕事中の人を使って!!!」

 

「何を怒っているんだい?エディ?」

 

「フュリー准尉だって仕事があるんだろ?なのに・・・」

 

「いいんだよ、彼らだってこの後花見をするんだ。その間の場つなぎだからね」

 

「っ・・・そうなのか?」

 

「あぁ、そうだよ。さぁ、桜がキレイだよ」

 

 

なんだか上手く丸め込まれたような気もするが、

腕の中の娘は上機嫌だし、確かに自分の上に咲き誇っている桜は美しい。

暑いけれど、なんとか天気も大丈夫だし。

 

 

「こんな頼れる夫を持って幸せだろう?エディ?」

「・・・頼れる部下を持つ夫で・・・かな?」

 

ロイエド子

お花見日和?