梅に桃。

早咲きのチューリップとガーベラ。

バケツいっぱいのカスミ草。

 

色とりどりの花を前にして、エドワードは悩んでいた。

娘は3歳。贈った花は2種類で今選んでいる花が3種類目になるのだ。

 

 

 

リビングのテーブルには、子ども用のイスが2つ用意されている。

座った子どもが落ちないようにとベルトで固定できる物で、

そろそろ大丈夫かなぁと両親は考えていたのだが、

どうも悪戯好きの子ども達は、よく遊ぶ為に、そのベルトは今でも現役である。

いつもとは違うテーブルクロスは、何かお祝いの時だけ設置されるもので、

クリスマスとかお誕生日だとか楽しい思い出はいつもそれだったから、

テトテトと良い香りに誘われてリビングに入ってきた2人の少女は、

キッチンにいる母親に尋ねた。

 

「ままぁ〜今日は何かあるの?」

「クリスマスのなのぉ」

 

シチューを煮込んでいた母親、エドワードは、2人の娘、ロゼッタとマリアベルに、

おいでと手招きしてキッチンに呼んだ。

2人が着ているのは、緩やかなセーターと裾がフワリとしているスカートで、

見るととても暖かそうな様子である。

コンロの火を少し弱めてから、足下にやって来た2人の娘の頭を撫でてやって、

エドワードはとても嬉しそうに笑ってみせた。

 

「今日は、女の子のお祝いなんだよ」

 

 

 

 

 

テーブルの中央にある薄いピンク色の花が目に入る。

 

今日ばかりは残業はできないのだと急いで書類を処理した事もあり、

ロイ・マスタングはまだ日が落ちる前に自宅のドアを開けることが出来た。

夕食の香りが玄関でも分かる程に暖かく、

「ただいま」の声に「おかえり」と返される事に喜びは増す。

いつまでも可愛らしい妻の額にキスをしてから、

足下に駆け寄ってきた2人のお姫様にもキスをする。

 

「エディ?あの花は何というのだい?」

「あっと・・・そうそう、サクラだって」

「サクラ?」

「うん。綺麗だろ〜今、咲いてるのは珍しいんだよって花屋さんに勧められてね」

 

 

1年めは桃の花、去年は梅の花だったか。

そして今年は、桜。

 

1年に一度、妻は娘の為に花を選ぶ。

まだ少し寒いこの日に、家の中に暖かな春がやってくるのだ。

 

「女の子のお祝い・・・結婚するまでそんな事は知らなかったよ」

「母さんがしてくれた事だから、娘にしてやるのが夢だったんだよなぁ」

 

出来上がった料理をテーブルに並べ、最後に鍋からシチューをよそう。

トロトロとした牛乳が入ったそのシチューは妻の得意料理の一つで、

決まってお祝いの時の食卓にはそれがある。

それもまた、彼女の母親が、シチューが好きな娘の為に、祝いの席で腕を振るった事の

名残なのだろうと思うと、心が温かくなってきた。

 

 

子どものシチューは溢してもヤケドしない程度に冷ましてやってから食卓に。

小さな皿に料理を取り分けてやりながら、小さなイスの上のお姫様にキスをする。

可愛くてしかたない娘たちに両親は、「生まれて来てくれてありがとう」という気持ちを、

惜しげもなく表して、ゆっくりと食事の時間を過ごした。

 

 

 

娘をベッドに寝かしてから、お風呂を使い、

寝室にある大きなベッドにごろんと寝転がってエドワードは呟いた。

 

「来年はどんな花を贈ろうかなぁ」

「庭に植えられる物でもいいのではないかい?」

「あっ・・・鉢植えのチューリップとかも可愛いなぁ」

 

このお祝いを娘が覚えていてくれるのは何歳だろうか。

自分の記憶にある母はいつから始めてくれたのか、

くれた花の種類を少ししか覚えていないのか少し悲しい。

 

「いつまで出来るかなぁ」

「ずっとして行けばいいだろう」

「これってお嫁に行くまでが限度だろう?」

 

いずれ、娘たちも結婚して、母となる日がくるのだろうから。

そうなれば、この行事は、新たな命が主役となるのだから。

 

「・・・ずっとして行きたいのだが」

 

ぶすりと機嫌が下がった夫は、きっと娘の花嫁姿まで想像してしまったのだろう。

くくくっと小さく笑って見せれば、

「君は、この子達を嫁にやっても平気なのかっ!!」と真剣に返された。

 

そりゃ、寂しくはないとは思わないけれど、

それでも、その先に幸せが待っているのなら止めようとは思わない。

この子どもがどんな相手を見つけて、その人に一生懸命恋をしていくのか、

楽しみなくらいだ。

 

「あんたに会ったのが11歳の時だったから、

 この子達が運命の相手と会うまで、もしかしたら後8年ぐらいしか無いかもな」

「ぐぅ」

「娘に手を出されるのが・・・何年後だったっけ?」

「なっななな!!!許さんぞ!!そんなことぉぉぉ!!!!!」

 

 

自分がしてきた事は棚に上げて、可愛い娘の心配をする父親。

それをからかう母親は、また面白気にその喉を振るわせた。

 

 

女の子で嬉しかったんだ。

自分がしてもらって嬉しかった事をしてあげようと思った。

自分が出来なかった事をしてあげたいと思った。

 

そして、自分が出会ったように素敵な人と出会って、

恋をして、一生懸命愛して欲しいと願った。

 

 

ふんわりとした花の香りが、

何年経っても大切な人たちを包んでくれますように。

ロイエド子

春はすぐそこ