カシャン、トン。
カシャン、トン。
それは重さの違う音。
「・・・なに?」
唐突に込み上げてきた思いに言葉をなくしてしまって、
ただ後ろを歩いていた妻を見ることしかできなくなった。
不安気というよりも、好奇心のような声色で問いかけてくる妻に、
自分はどれほどの言葉を使っても言い表せないのではないかと思う。
彼女がまだ探し物をしていた時。
それは、とても大変なもので。
あると確証を持つことすらできないような代物だった。
しかし、それを一心に探す彼女にそんな事など言えるはずもなく、
また、その事を誰よりも知っていながら求めなければならなかったのは
間違いなく彼女自身であった。
人体練成という禁忌を犯し。
最愛の家族の死をその身に背負い。
終着の見えない旅路をいくその小さな体を抱きしめたのはいつの日か。
その時もこんな季節だった。
朝が冷え込み、放射冷却の影響を感じる冬の入り口。
イチョウの落ち葉は水分を多く含む為に枯れることはないらしい。
溶けるようにして広がるその黄色に、足を滑らせてしまわないかと、
そう、後ろを振り返ったのだった。
カシャン、トン。
カシャン、トン。
音の異なる二つのそれは、
彼女が進むその歩調に合わせて奏でられる。
カシャン、トン。
カシャン、トン。
伸ばした腕が掴んだのは右手。
カシャリ。
暖かな身体からは出ることのない音が、
冷えた空気の中に響いた。
握り返しても、そこに血は通わない。
人の腕を模して作られた機械鎧の腕。
少女が身に着けるにはあまりに厳つい。
そして、痛々しく映る。
この腕で、一体どれほどの思いを握り潰して来たのだろう。
同じ年頃の少女が当たり前に与えられるしあわせだとか、
描く自分の未来だとか、
あぁ、同級生の男子に恋もしたのかもしれない。
それでも、
この少女が今、必死に掴んでいるのは?
弟の魂と、
共に迎える未来のみ。
一週間後のパーティーのドレス選びでもなく、
3日後の参観日の心配でもなく、
明日の遊びの計画でもなく。
一日先の文献と弟を取り戻す未来だけ。
足の音が不揃いなのは、重さの違うその足を
確かに踏みしめて前へ進んでいるから。
腕に暖かさがないのは、
心を別のことに絶えず燃やしているから。
妻を見る。
妻の音を聞く。
自分の後ろで落ちたイチョウの葉を器用によけながら、
ひょいひょいと進む。
こけてしまわないように、手を伸ばす。
トントン。
トントン。
聞こえる足音に安堵して、
暖かな右手を掴み取る。
こけてしまわないように。
二度と辛い選択をしなくてもすむように。
私は君から離れたりしない。
孤独に耐えるその夜はもう来ない。
音の違うその足音も。
暖かくないその腕も。
乗り越えてきた君だから。
響くおと