この想いに蓋をして。

 

大きな錠前ひとつ。

 

金色の鍵を回して永遠に閉じ込める。

 

 

 

深い海のそこは、どれ程静かで、どれ程寂しいのでしょうか。

 

 

本当に小さな鍵の箱ひとつ。

 

広い広いその中にそっと抱いてくれますか。

 

 

 

これは私の想いです。

 

決して言う事の出来ない、たった1つの。

 

蓋をして鍵をかけて、深い海のそこにただ1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ヒラリと舞台の幕が揺れた ■

 

 

 

 

 

 

 

 

雨降りと共に、ホークアイ中尉の家で過ごしたエドワードは、

その夜、少しだけ熱を出した。

 

「今まで閉じ込めていた物が一気に出てしまったんだわ」とホークアイが言い、

熱っぽく呼吸を繰り返すエドワードもコクリと頷いた。

 

 

今まで閉じ込めていたもの。

それは沢山あった。

 

全てを言い尽くすつもりなどエドワードには無かったが、

それでも多くのことをホークアイに話した。

 

 

ぽつりぼつりと話されるそれは、

お伽噺には向かないものではあったけれど。

 

 

 

 

堪らなく怖かった練成の夜の話やアルフォンスに対するどうしようもない罪悪感

 

初めて会った時のロイの印象とどうして自分が惹かれてしまったのかという思い

 

帰る場所を失くしたはずの自分たちが東方司令部に「ただいま」と言いたくなる感覚

 

好きだと思っていた人が突然言った「結婚する」という言葉のこと

 

「好きだ」といってくれた優しい兄のような存在だった少尉のこと

 

優しさで傷を癒してしまおうと考えた浅はかな自分のこと

 

そのせいで、きっと酷く傷つけてしまったと分かった時の後悔

 

思いは途絶えたはずなのに、どうしようもなく溢れてくる感情のこと

 

 

 

その一つ一つをホークアイは急かすことなく、

ゆっくりと聞いた。

 

一度は泣き止んでいたエドワードは、再び鳴き声になってしまって、

途中何度も詰まりながら、それでも話は続いた。

 

 

 

母親が死んで、より強くなくてはならなかったエドワードは、

常に前に立ち続けた。

自分より余程頑丈そうに見える弟を、決して矢面に立たせる事だけはしなかった。

小さかったあの時の事しか思い出せないというのも要因だったのだろうが、

それでも、自分の犯した過ちのせいで望まず屈強な体を手にしてしまった弟に

申し訳ないと感じていたのだろう。

 

 

「どうにかしてやる。大丈夫だ」といい続け。

それは最早、口癖であるかの様だった。

 

 

本当はずっと怖かったのだとエドワードは言った。

 

どんどんと時は流れていって、とても無常で。

今度こそはと思うたびに、これだと思うたびにスルリと掌から零れていく当てのない旅は、

とても怖いのだとエドワードは言った。

 

 

それは、初めて自分から口にした弱音だったのかも知れない。

 

 

だから、恋に逃げようとしているのかも知れないと思ったと言う。

アルフォンスよりも大切な人を作って逃げようとしている自分が、

とても恐ろしくて、汚い存在なのだと思ったとエドワードは告げた。

 

 

深く深く蓋をして、

決して「女」だと気付かれては駄目だと思うのに、

心のどこかでは、気付いてくれるのを待っていたのかも知れないと。

 

 

ホークアイは優しくエドワードの肩に手をやり、、

「それはとても自然なことで。誰かを愛することは止められないわ」と、

愛することに恐怖している、幼い少女を抱きしめた。

 

 

 

雨降りの晩に。

優しく促されるままに、エドワードは自分の心と向き合った。

 

自分は誰を想っているのか。

その為に誰を傷つけてしまったのか。

 

 

ともすれば、考えまいとしてきた事であったが、

ようやく、正面から向き合う事が出来たのであった。

 

 

けれど、それには痛みと後悔があり。

自分のしでかしてしまった過ちにエドワードは愕然とした。

 

 

泣くことをよしとしなったのに、次々に嗚咽が零れた。

 

 

 

救われたのは、自分を守ろうとしてくれる存在がいたからだ。

 

 

でなければ、エドワードは心と向き合うことも、

それに気付くことも、それを乗り越えようとすることも出来なかった。

 

 

 

 

解いた金色の髪がまるで本当の姉妹みたいと2人で笑って。

互いの髪を櫛で梳かし合った。

同じベッドの中で温もりを感じながら眠った。

 

それはエドワードにとって随分と久しい感覚で、

とても安らぐ眠りへと導いてくれた。

 

 

 

 

 

 

翌朝は、昨日の雨からようやく太陽の光りが差し込み、

チュンチュンという鳥の鳴き声が聞こえるというとても長閑な朝であった。

 

 

軽く朝食を済ませて、身支度を整える。

ホークアイは真っ青な軍服に袖を通し、長い金色の髪を1つに束ねてバレッタで止める。

 

足下では愛犬が遊んでくれとじゃれてくるので、

「いい子ね」と黒い毛並みを一撫でしてやってから、ミルクを一杯だけボールに注いだ。

 

 

カタリと洗面台から音がするのと同時に、

リビングに通じるドアから鮮やかな色彩が飛び込んでくる。

 

 

金と黒と赤。

 

 

ホークアイはぼんやりと、彼女の色だわと思う。

それが、罪の色なのか、彼女の好みの色なのかは分からないが、

それでも彼女が彼女たる所以の色であると、そう思う。

 

 

 

生命が持つ美しさの色だ。

 

 

 

まだ泣いた瞼は腫れぼったいが、

解かれていた金色の髪はすでにきちんと結われている。

紅いコートはまだ羽織られてはおらず、手に持っていた。

 

 

「本当に大丈夫?今日はまだ眠っていた方がいいと思うわ。

 私は会議続きで、エドワード君に付いていてあげられないし・・・心配だわ」

 

「大丈夫。熱だってもうないし。・・・・それに少尉に言わないといけないこともあるしね」

 

 

苦笑いをしたエドワードの様子に、ホークアイは少しだけ痛そうに目を細めた。

 

目の前で雨が乾いた紅いコートに袖を通し、

再び「男」と偽らなければならない少女の肩を後ろから抱きしめた。

 

 

細い肩に彼女がまぎれも無い少女であると感じ、

泣きたくなる気持ちをぐっと堪える。

 

 

「いってきます、中尉・・・・大丈夫。ちゃんと言うから」

 

「・・・・あの煙男が何か言ってきたら、必ず私に言うのよ?

 銃はフルオートでいつでも準備できているんですからね」

 

 

冗談と多少の本気を交えて言うホークアイの言葉に、

エドワードはホッと息をついて、一度きゅっと目を閉じ、そして意思の宿った瞳を開け、

「大丈夫」と自分に言い聞かせるようにして、ホークアイの腕から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホークアイは思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

きっとこの後、ともに向かった司令部で。

彼女はあの咥え煙草の少尉に謝って、自分の思いを告げるだろう。

 

あの少尉がどのような反応をするかは分からないけれど、

今日はもう一度この家に彼女を呼んで、また泣きそうなら一緒に眠ればいいと思う。

 

何かされたと言うなら、行って銃の2・3発お見舞いする準備はできている。

 

望むのはあの花が咲き乱れるようなあの笑顔が彼女に戻ればいいというだけ。

 

 

だってあの子は可愛い女の子ですもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから。

こんな事になるなんて。

 

 

まったくもって考えてなどいなかった。

 

 

 

 

 

午後の勤務終了時間。

 

本当に会議続きで、昼食にエドワードを誘うことも出来なかった。

外部との打ち合わせばかりなこともあって、

無能とも煙草男とも会ってはいない。

 

 

もしも。

 

この日の予定が会議ではなく。

通常のようにあの上司の副官としての業務であったならば。

少しでも早くあの事態を察知していたならば。

 

 

 

 

 

午後の勤務終了時間。

 

突如として響いた警報音。

 

 

 

 

 

 

 

 

『 土砂崩れ発生。

本日イーストシティ駅ヒトゴーマルサン発、ウエストシティ行き 38便が

走行中、中部 カルト山脈の東部土砂崩れに巻き込まれた模様。

救助の応援を要請する。

なお、未確認の情報であるが、国家錬金術師一名同乗との報告あり。』

 

 

 

 

 

この土砂崩れに鋼の錬金術師が同乗しているとの報告を受けるまでに、

約15分の時間を要した。

 

 

 

頭の中に、彼女の笑顔が浮かぶ。

 

「大丈夫だよ」と繰り返していた、あの痛みを堪えた笑顔だった。

 

 

 

「私は、貴女のそんな笑顔で記憶を終わりになんてしたくないわ!!!」

 

 

金色の髪はまるで太陽の祝福を受けたよう。

ほころぶ笑顔はまるで花が咲き乱れたかのよう。

 

大切な私の妹。

 

 

貴女に何があったの?

どうしてそんな列車に乗っているの?

 

貴女は無事なの?

 

 

 

機械音の警報アラームはガンガンと響いている。

まるで昨日の雨音のようだ。

 

 

 

 

この雨はいつになったら止むのだろうか。

ロイエド子