ハニーご乱心
「ごめん」と繰り返す小さな声。
うるうると潤み続ける金色の瞳、必死に零れるのを耐えているようだ。
なんかもう。
すっごい可愛い。
時間を巻き戻す事二時間ほど。
うんざりするような書類の整理から離れるために進んで行った巡察。
決まった道をふらりと回りながら、花屋のジェシーに挨拶をしたり、
チョコレート専門店の賑わいを見て、街灯下にあるドーナッツショップの新商品を確認したりする。
何気ない一日のそんな行動。
ふと見たカフェ。
そこに見つけたのは赤いコート。
いやいや、自分。可愛い恋人が確かに赤いコートを愛用していたからと言って、
そんなにどこかしこで赤いコートに目を奪われてどうする。
そうそう、太陽の光りを浴びてキラキラと光る金色の髪はまるで琥珀色・・・・。
「エディ?」
もう一度瞬きをしてもそのカフェの椅子に腰掛けているのは恋人である少女。
出会いからロイにとっては驚くほどの遠回りを重ねて、使わなかった頭をフル回転させて、
そうしてやっと「恋人」と認識できる間柄になった少女。
もちろん彼女がここに居たとしても何ら不思議はないのだ。
遠くに行く事はあったとしても、戻ってくると信じているわけであるし。
むしろ会えたことに喜ぶ場面であると言えるだろう。
少なくとも自分にとっては。
「ろっロイ・・・・・あっあのな」
ぐっと眉が寄っているのが自分でも分かった。
愛しい少女が目の前にいることは分かっているのだが、許せないのはその横の席。
少女と向かい合うようにして座っている1人の男。
もしそれが彼女の弟だというのならば、新たな祝福を受けることができるだろうが、
彼女とは似ても似つかない赤色の髪をした男。
「ごっごめん!!ありがとうそれじゃあ!!」
あわわと恋人である少女は足早にそのカフェを後にする。
後ろめたいことでもあるのだろうかと瞬時に嫌な予感が駆け巡る。
ドクドクと心臓が煩い。
突然の別れを切り出された赤い髪の男はあまりの幕切れに言葉を失ったかのように唖然としている。
その顔がどうしてだか、いつか自分がするのかも知れない顔に思えて、ツキリと胸が痛んだ。
こんな風に突然に。
ごめんとだけ言われて、そうしてさよならなんて。
エドワードに手を引かれるままにその後を着いていく。
自分はこの街の平穏を守るための軍人であり、しかも名の通った司令官であるのだと思っている。
そんな男が軍服のままで幼い者に手を引かれてそのまま後を着いていく様は
一体どのように街の者達に映っているのだろうか。
それでも今のこの時だけはこの愛しい恋人に独占されることを許されているのだと思えば、
それもまた悪くないと思うのだ。
「えっエディ・・・そろそろ」
「あっごっごめん・・・その・・・俺」
声をかければ動かし続けていた足を止めてはくれたが、
それでも慌てている様子は変わることはなく、金色の前髪はすっかり顔を隠してうな垂れている。
「エディ?」
一向に顔をあげようとしない恋人に心配が募る。
ごめんと言った恋人。
まさか「もう終わりにしよう」なんて言葉を言われてしまうのだろうか。
段々と心配は不安を連れてくる。
「きっ嫌いになった?もう恋人なんて止める・・・・・?」
「エディ?」
何度目かの名前を呼び、その俯いたままの顔をゆっくりと手で押し上げる。
どこをどう歩いてきたのか、入り組んだ道の先であるから人通りはまったくと言っていいほどない。
静かな街の午後の日陰はどこかひんやりとしている。
覗き込むようにした金色の瞳にぶわりと涙の粒が浮かび上がった。
「おっ俺・・・ただ落し物をして、そのお礼に何かって・・・それだけなんだ・・・・。
すっすぐにロイに会いに行こうっておもっ・・・本当に思ってたんだ」
あぁ、この子は確かに恋愛初心者なのだ。
きっとこの街に着いてすぐに私のいるだろう司令部を目指してくれたのだろう。
しかし、その途中に何か落し物をした為に、それを拾ってくれた相手(きっと赤毛の男だろう)にお礼をしていた。それがあのカフェでの一杯だったのだろう。
そんな場所を見られれば誤解されるのだとこの恋人は瞬時に思ったのだろう。
カフェで向かい合って時を楽しむ男女。
それだけの事で涙を浮かべて、別れを切り出されてしまうのだろうかと心を震わせている。
なんと愛しい存在なのだろう。
自分は今までに快楽だけの恋愛や嘘に形作られた出会いを経験していて、
時を楽しめればそれでいいという時期も確かにあったから。
この少女のあまりに純粋な恋を目の前にして、
まるで初めて恋をしたかのようなドキドキとした胸の高鳴りを再び感じている。
なんて可愛いのだろう。
なんて愛しいのだろう。
なんて、なんて、なんて。
金色の髪をすっとかき上げて、現れた額にキスをする。
軽く触れるだけのキスを。