大切な人の生まれた日

 

 

「できましたかぁ?」

「っとと・・・出来た!」

 

 

本日は晴天なり。

気持ち良い一日の始まりは、今日の喜びを示しているかのようだ。

 

 

大切な人の大切な一日。

「おめでとう」

「ありがとう」

「だいすき」

暖かな言葉だけを贈りたい。

 

 

 

「パパぁ〜パパもチョコが好きですよね」

「ちがうの!クリームなのっ!!」

 

家の可愛いお姫さまが広げた甘いもの満載の広告を前に、

きゃらきゃらと声をあげる。

最初はどれがいいかと思案していたのだが、

意見は決裂したらしく、3人目の意見を求めてきた。

 

「・・・ママはどっちが好きだと思う?」

 

ここは主役を登場させよう。

2人の娘はどちらも可愛く、どちらかの意見に賛成するなどと出来ようはずもない。

 

広いリビングにある広告はお菓子屋さんのもので、

何日も前から様々な店のものを集めてきた。

それは、妻であり、娘の母であり、愛しい人であるエドワードの誕生日が近いからである。

今日は妻が近所の集まりで家にいない為、この密やかな会議を進める事となったのだ。

 

「ママもクリーム好きだよっ」

「チョコも好きだもんっ!」

 

長女・ロゼッタが推薦するのは、駅前のカフェロレーヌのイチゴクリームケーキ。

ふわふわのスポンジとすっぱいイチゴ、たっぷりのクリームが人気の一品。

 

次女・マリアベルが推薦するのは、公園横のレトランテのチョコケーキ。

ビターな生地と口どけ柔らかなチョコクリームの相性が抜群の一品。

 

どちらも共に人気の一品で、以前にお土産として購入したこともあったり、

それに妻が「美味しい」と言っていたことも記憶にある。

2人とも的確な意見だと言える。

 

(・・・2つとも買ってやりたい・・・)

 

可愛いお姫さまが妻の為に考えた事を無下に却下したくはない。

けれど、この子達の成長のために無駄遣い(自分は決して無駄だとは思っていないけれど)は

しないと妻と約束している。

さすがに誕生日の日にそれを違える訳にはいかない。

 

「ホールで買わないで、2ずつ買おうか!!」

「「だめぇ〜」」

可愛い声を重ねて却下した娘たち。

やはり誕生日ケーキはホールが基本らしい。

 

「だってママ言ってたもん」

「ケーキは丸いのねって」

 

「ねぇ」と2人は顔を合わせて頷きあう。

先ほどまで意見を対立させていた2人の様子とは違って、とても微笑ましい。

 

「ママが言ったのかい?」

「うん。ママのママがね。いつも作ってくれたんだって」

「だから、ママもケーキは手作りねって」

 

 

 

思い出すのは眩しい記憶。

 

妻が料理は出来ても、あまりお菓子作りは得意ではなかった頃。

そんな妻は大切な一日のために、朝からケーキを焼いていた。

ふるいにかけて舞った粉が鼻を白くしていて、

卵を黄身と白身に分けて、メレンゲを作って。

そうして出来た少しいびつなケーキ。

 

それはとても美味しかった。

まだ幼い我が子は食べられなかったけれど、

それから毎年その日が訪れる度に、妻はケーキを焼いた。

いびつだったケーキは丸くなって、

飾りのクリームは綺麗な円を描いて。

チョコのプレートに書かれた文字は、読めるようになった。

 

 

 

「・・・作ろうか?ママにケーキを」

 

どうして思い至らなかったのだろう。

有名店で買う事ばかり考えていたけれど、妻に贈るケーキは他にもあるではないか。

キョトンとした目をした後に、ぱぁと笑顔になる2人。

 

「「うんっ!!」」

顔を輝かせて頷いた娘たちと、パンと手を合わせた。

それは、妻の誕生日の3日前。

 

 

決行した計画。

買ってきたレシピ本は卵や牛乳で汚れてしまったけれど。

甘い香りの漂うキッチンは、小麦粉があちこちに零れていたけれど。

あわ立てたクリームは、生クリームとチョコクリームの二種類。

目の前の甘い誘惑を「ママのっ」と言いながら我慢する娘の頭を撫でる。

 

 

冷ました生地にクリームを塗る。

たっぷりと。

初めて作ったケーキはしぼんで少し割れてしまった。

形も綺麗な丸ではない。

それでも出来上がった手作りケーキ。

 

 

さぁ、パーティーを始めよう。

プレゼントは暖炉の前に。

テーブルには庭から摘んだ季節の花を。

ご馳走と、真ん中には手作りのケーキ。

 

君はどんな顔をするだろう。

このケーキはどんな味がするだろう。

きっと君が初めて作ったあのケーキのような、

とても暖かな美味しさだろうね。

 

妻の帰りをそわそわと待っていた娘たちは、

フワリとした裾のチェックのワンピース。

赤いリボンを髪に結い込んでいる。

 

 

もうすぐ、玄関のベルが鳴る。

愛しい君を3人で迎えに出よう。

お姫さまが両手を引いてこの部屋に。

額にキスを贈って、リビングのドアを開こうか。

 

 

 

大切な人の大切な一日。

 

「おめでとう」

「ありがとう」

「だいすき」

 

暖かな言葉だけを贈りたい。

ロイエド子

いびつなケーキ