新年まであと1週間と少しという時期になり、
「今年の汚れ〜今年の内に〜♪」というお決まりの文句が流れてきた。
年末は街の賑やかさに加えて事件も小さなものから大きなものまでひっきり無しで、
どんどんと忙しくなるのは分かりきっていることだった。
「そうだ・・・大掃除をしよう」
そんなロイの提案でマスタング家の大掃除が始まった。
【 家−Family− 】
その日はその冬一番の寒波がやってきているとラジオのニュースが煩く報じていて、
確かに夜から段々と冷え続けていた気温が、朝になっても上昇する気配が感じられないような日だった。
「今日は家にいてもいいのか?警報が出るかも知れないんだろ?」
掃除であろうと何であろうと、ロイと共に一緒にいられることが嬉しいエドワードにとって、
ロイの申し出はとても嬉しいものだった。
しかし、お気に入りの赤いエプロンをつけながら、それでもこの天気。
エドワードは大丈夫なのか?と首を傾げた。
ロイが中央司令部の司令官という立場であり、
たとえ非番であったとしても天気の関係によって呼び出しが掛かる事は充分にありえる事だった。
「大丈夫さ。外に出かけてしまったら連絡がつかないかも知れないけれど、
家の片づけをするくらいの自由はあるよ」
心配顔のエドワードにクスクスと笑いながらロイは答えて、
さて準備をしようかと妻を促した。
お正月を前にするといつも思い出す。
結婚後、最初のお正月は全くと言っていいほど家にいることが出来ず、
もちろん年末の大掃除の手伝いもできなかった。
その事をロイはずっと申し訳なかったと思っていたのだ。
新婚家庭を邪魔しようとするいけ好かない上司は大勢いたし、
年末年始ぐらい大人しくしておけばいいのに犯罪者は急増の一途。
それに年末の残務整理はデスクに少なくない山を形成していった。
仕事に忙殺されるなかで、それでもと伸ばした受話器から妻の声が聞けたときは、
「街の平和がなんだ!!妻と過ごせずに平和などありえるはずも無い!!」と叫び、
すぐにでも妻の待つ家に走り出そうと決心した。
(・・・優秀な副官に止められてしまったわけだが)
永遠に終わる事のないと思えた年末年始の慌しさから開放され、そうして家に戻る事が出来たのは、
お正月が開けて4日後だった。
カチャリと戸を開けると「あけましておめでとう」と妻は向かえてくれた。
家の中は掃除が行き届いていたし、作られていたお正月の料理は手をつけられていなかった。
「日持ちするものばっかりだし、まだ最後の仕上げはしていないから…一緒に食べよう」と。
冷やされていたワインは自分の一番好きな銘柄のもので、
ラップのかけられていた料理は妻の手で温め直されていく。
あぁ、自分は一体どれだけの寂しさを妻に与えてしまっていたのだろうか。
大切な人と向かえる新たな年をこの愛しい人は、この部屋でたった一人で迎えたのか。
故郷に帰ればきっと迎えてくれる人がたくさん居ただろうに。
とても皆に愛されている人だから。
それでも、ここに居ることを選んでくれた。
「すまない・・・・寂しい思いをさせたね」
料理を温め直す妻の体を背中から抱きしめる。
久しぶりの体温は心地良くて、スルリと頬に頭を摺り寄せてくる妻は、
ずっと留守番をしていた猫のように甘えてくる。
「うん・・・でも、帰ってきてくれるならそれでいいんだ」
そんなやり取りがあったから、ロイは年末年始の時間をとても大切に考えるようになった。
仕事柄新年を共に迎えるということは中々に難しいことであったが、
それでも決まって休暇届を出す事は止めなかったし、申請が通らなかったとしても、
必ず1人でお正月の用意などをさせるようなことはしないと決めた。
寒い日に1人で何かをするのは寂しさが増してしまうから。
そんな寂しさを妻に味合わせるということはできなかった。
「帰ってくれるならそれでいい」と言ってくれた妻。
「ありがとう」と答えた自分。
「だって・・・これはずっとロイが言ってくれていた言葉だから」と言った妻。
まだ旅をしなければならなかった頃、エドワードは根無し草で国中を飛び回っていた。
2、3か月に1度帰って来れれば良い方で、半年帰らないことも多かった。
そんなエドワードをロイはいつも迎えた。
怪我をした事を黙っていた時は怒りもしたが、それでもロイはずっとエドワードを待ち続けた。
少しでもと役立ちそうな文献を用意して、生体研究の権威にアポを取り付けて、
顔色が悪い時には命令と称して「休息」を要求することもあった。
ずっと待たせているだけの自分にエドワードはいつも負い目があった。
だからロイに「ごめんなさい」と伝えた。
一緒に居れなくてごめんなさい。
一番に思うことができなくてごめんなさい。
約束することができなくてごめんなさい。
そう伝える度にロイは少しだけ困った顔をして、
エドワードの髪をゆっくりと撫でるとこう言った。
「こうして帰ってきてくれるなら、それでいいんだ」と。
その言葉がどれだけエドワードを安心させたことだろう。
「居場所」を求めながらも、言葉にすることを禁じていた少女にとって、
それはどれだけ嬉しい言葉だっただろう。
だから、エドワードは待つことができる事をそれ程辛いとは思わない。
確かに、夜遅く救急のサイレンが響いた夜は不安になるし、
思わず玄関先まで飛び出してしまうことだってあった。
コチコチと鳴る時計の音はどこまでも1人を実感させてしまうけれど、
それでも「居場所」になれているなら。
ずっと自分を待ってくれていたロイの居場所となれるなら、
「おかえりなさい」と言えることが出来るなら、それだけで満たされているのだと。
ここはずっと望んでいた家。
暖かく迎えてくれる人が居る場所。