「珍しい本を読んでいるね。」
そう言うと、何を言われているのか分からない、といったような顔をした後
「あぁ、これね。」
と、持っていた本をヒラヒラと振って見せた。
エドが読むのは、人体練成に関係がある本がほとんどである。彼が求めているものを考えれば、それは当然であるのだが。
しかし、今もっている本はそれとは関係が無いと思われる古書であった。
「古い東方の島国の本だってね。」
「あぁ、なんでも私の前任者がその島国に興味を持っていたらしい。
一般書と一緒にしてもよいのだが、なかなか貴重な文献らしくてね。」
東方司令部の前任者は変わり者だったらしく、東方の小さな島国の文献を取り寄せては、研究していたようだった。退官する際に、いくつかの資料をここに寄贈していた。
「大佐も読んだ?」
パラパラとページを繰りながらエドがそう問いかける。
「いや、面白いとは思ったが読みこなそうとは思わなかったな。」
唯でさえ忙しく、溜め込んだ仕事のために優秀な部下に追われる毎日を過ごしている。
錬金術の本ならいざ知らず、ミミズが這ったような続け文字を読もうとは思わなかった。
「俺も暇つぶしに手に取っただけなんだど・・・。」
語尾を濁すエドは何処と無く普段の活発な感じを無くしていた。
「だけど?」
続きを促すために、問いかけながら、エドの横に座る。
座ってみると、差し込んでくる光の量は読書に適したものだった。
光がエドの金の髪に反射して光がキラキラと揺れている。
問いかけから少し間を置いて、エドは苦笑した後、
ここ見て、
と古紙の中心を指して見せた。指し示すままに、手の中に大事そうに置かれた古書を覗きこむ。
「つくりこし 罪をともにてしる人も なくなくこゆるしでの山道」
古い空気に包まれた狭い部屋の中に凛としたエドの声が響く。
普段は騒がしい印象の彼の声だが、落ち着いて話す声はなんとも子どもらしからぬ声だ。
古紙の横にクリップで説明文が添えられているのが目に入る。
紙は変色し、痛みも激しい古書に、事務的なクリップが不釣合いに映る。
それは、前任者が研究の末に書き残したものらしかった。
「これってさ、地獄の絵で女が鬼に追いかけられているものを
見て詠んだ歌なんだって。
しでの山ってのが、あの世とこの世の境にある山の名前って書いてある。」
クリップで留められていた説明文を静かな声で読み下していく。
「どんな意味なんだい。」
説明文はエドの手の中にとられており、読み取ることができない。
響く声は静かなもので、聞いていて心地良いが心を掴まれたように感じる。
「つくってきた罪だけを持って、知る人もいない、泣く泣く越えていく、しでの山。
・・・これって俺みたいだろ。」
偶然見つけた古書に自分を重ねるエドとロイの話。