10月3日

今日は祈りの日

 

ずっと昔に失くしたモノと

失くさなければならなかった理由を刻むその日

 

 

「あれ・・・エドたちじゃないっスか?」

 

どう見ても見間違うことはない、金色の小さな子どもと鎧の組み合わせ。

もしも彼ら以外にそんな格好をしているものがいるなら拝んでみたいものだ。

 

夕闇が静かに迫っているその空気には、ひんやりとした秋の風が混じっている。

人々が待つ人のいる家路に急ぐその時間に、見た目は異質だが、

確かに子どもと言っていい年齢の二人は歩いていた。

 

それを目撃したのはロイをはじめ、お馴染みの軍部の面々。

と言っても、三人だけなのだが。

 

給料日前を理由にして、晩御飯を強請られたロイは賭けによって勝ったハボックを

引き連れて早めの食事をしに街に出たとこだった。

その横にホークアイもいたが、彼女の場合は給料がどうのと言う理由ではなく、

ただ、男とのみで食事などできるかとロイが言った為の補助要員であった。

 

なら、自分を連れて行ってくださいよと

泣きつくブレダやファルマン、フュリーはそのまま放っておいて、

三人は安くて美味いと評判の田舎料理店を目指していた。

ホークアイと二人ならば洒落た店に行ってもおかしくないが、

給料日前のハボックはロイの懐などお構いなしに良く食べるので、

その点に異論を唱える者はいなかった。

 

 

「鋼の!」

「あれっ大佐。こんばんは。」

 

呼び止めれば、兄より幾分高い声で礼儀正しい声が返ってきた。

彼もこのように素直ならばいいと思うが、それでは味気ないのも事実。

 

「やあ。どうしてこんな時間にここにいるのだね」

 

盛大に顔を崩したエドワードに声をかけるが、

まずい時に見つかったと言わんばかりの様子で、何も言わない。

その点には弟も、もじもじとその答えを言うつもりはなさそうだ。

 

「これからメシでさ、大佐におごってもらうんっスけど、

 大将たちも一緒にいかねぇか?いいっスよね。大佐」

 

「ああ、かまわない。どうだね、鋼の」

 

ハボックが声をかけたが、自分もそう誘おうと思っていたのであっさりと了承する。

残してきた部下たちには悪いが、それはしょうがないこと。

 

「あぁ・・・俺はいいよ。」

 

頭に手をやりながら、弟をちらりと見てからそう言うので、

この弟思いの兄は、食べられない弟を心配してそう言っているのだと判断する。

 

「その店は個室になっているから、誰もアルフォンス君を不思議がったりしないわよ」

 

それに気付いたのか、中尉もその点を指摘している。

アルフォンスも申し訳なさそうに頭を下げるが、それでも快諾の返事は貰えなかった。

 

「いやっそういう訳じゃなくて、今日は二人ですることがあるんだ」

 

なっ、とエドワードが同意を目線の高い弟に向けると、

ガシャンと鎧をならして頷く姿が見えた。

 

「こんな時間から文献かい?」

「駄目だぞ、きちんと食べんと背が伸びない」

 

「・・・ごめん。また誘ってよ。行くぞアル。」

 

そのまま走り出す兄弟を唖然と見送った。

アルフォンスは最後まですまなさそうに頭を下げていたが、

それが意外だった訳ではない。

 

「・・・大将、怒りませんでしたね」

 

エドワードは、殊更に背の事を気にしているので、その手のことを指摘されれば、

手が付けられないほどに怒り出すのが常で、

先ほどの、「背が伸びない」とハボックが漏らしたその言葉もそうだった。

 

彼もその自覚があって尚その言葉を使っているので性質が悪いが、

毛を逆立てて怒るような猫と遊ぶのはなかなかに楽しいことも良く分かる。

 

しかし、猫がじゃれてくれなければ、それは面白くなく。

 

彼の最後に見せた表情は、泣く寸前の耐えるような顔。

何をそんなにも我慢していることがあるのだろう。

 

「・・・すまないが、今日の食事はなしだ。」

 

そうとだけ言い、その場を走り出せば、

ハボックの非難の声だけが聞こえたが、きれいに無視する。

 

 

「酷いっスよ・・・俺のメシ。」

涙声で訴えたところで、目当ての人は戻ってこないだろう。

「あんな顔をされたら、追いかけずにはいられないわね」

 

一つのため息をついて、その晩のメシを諦めた。

いつも煩いくらい元気に見せるその少年が、

痛々しい罪を被っていることを知っている。

子どもではいられず、大人にも成り切れないそんな様子は、

時折、見ていて辛くなる。

 

メシ一つで、その顔を上司が回復させられるなら安いもの。

追いかけていくだろうその後姿に、もう一度目線を向かわせた。

 

 

 




「ごめん、まだ大丈夫かな?」

「はい、いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

 

暗くなり始めたその時間だけれど、どうにか間に合ったみたい。

この日、兄さんは一輪だけ花を買う。

閉まりかけたシャッターの中には様々な花がそれでもあって、

どれにしようかと、いつもの迷い顔。

 

顎の下に手を当てて、首を少しだけ傾げる仕草。

 

どれがいい?と下から見上げるものだから、僕も当たりの花を見回す。

 

う〜ん。どれがいいだろう。

可愛らしい花がいいな。薄い色で・・・。

 

「「あっ」」

 

二人一緒に声を出したから、お互いに顔を見せ合えば、

なんだ、同じ花を気に入ったようだった。

 

薄いピンク色の小さな花。

とても小さなものだから、周りのようにバケツに入れられてもいないけれど、

とても可愛らしい花だと思う。

 

「僕もそれでいいと思うよ」

 

そっか。と素っ気なさそうだけど、

嬉しそうに「この花を」と店員さんに示している。

 

「これは10月1日の誕生花でオキザリスと言うんですよ。

 花言葉は、喜びと母親の優しさって言って・・・」

 

わぁ、ピッタリな花だね。

兄さんは少し苦い顔をしたけれど、泣きそうに顔を歪めたけれど、

でも、ピッタリな花だね。

 

一輪だけなら、差し上げますよと言うので、お言葉に甘えて

一輪の小さな花を兄さんが受け取る。

 

 

辺りを街灯が照らし始めて、ボンヤリとした光の中でも

兄さんの金色は良く見える。

鎧の僕だけなら、きっと恐く見えるだろうから夜出歩くのは避けているけど、

兄さんと一緒ならいいかなって思う。

 

前に、オバケって言っちゃった人を兄さんがボコボコにしかけたから、

それには注意しなくちゃいけないと思うけど。

 

細い川に架かる小さな橋の中央に、

そっと立つ。

 

ガシャガシャという金属の擦れる音と、

二つの重さの違う足音が止めば、とても静かになることを

僕は知っていた。

 

三度目だから。

 

「流すぞ。」

 

兄さんが短く言って、ヒラリと花を投げる様子は

とてもきれいだと思う。

月がきれいな夜もあったし、薄暗い夜もあったけれど、

でも、いつもきれいだと思った。

 

そうして、振り返ってこう言うんだ。

 

「必ず、お前の体を元に戻してやるからな」

 

だから、僕は頷いて、呪文のように唱えるんだ。

 

「その時は、兄さんも一緒だよ」

 

 

子どものように扱われるのを嫌う兄さんは、

子どものように何度も同じ言葉を繰り返す。

 

だけど、それを子どものように信じきることは難しくて、

大人のように見ない振りをする。

 

来年は、リゼンブールに居られるといいね。

 

 

 

 


「なんで、あんたがここに居るんだよ!」

 

橋を後にして公園を渡り切ろうとしていれば、呼び止められた。

その姿は、日没に見たそのままで、

今頃は三人でメシを食っているはずの男。

 

「いや・・・気になってね」

いつもの胡散臭い笑顔ではなく、何かを含んだ顔をしている。

いつから後を付けていたのだと問えば、最初からと答えるのだろう。

 

まったく、ため息が出る。

こんな自分など放っておいてくれればいいのに。

 

「・・・すみません大佐。兄さん、ご飯食べてないんです。

 僕と一緒じゃどうせ食べないつもりみたいですし、今から宿に戻っても

 ご飯片付けられちゃってると思うんです・・・。」

 

「っアル!」

 

「僕先に帰ってますから。ねっ兄さん」

 

 

「ダメだ!!今日は、お前といるからな。」

 

何を言っているんだと思う。

どうして、アルと離れることが出来るのだろうか。

 

それを、今日。

 

この日は、祈りの日。

 

帰ることの許されないその故郷の存在を、

取り戻さなければならないモノを、

 

忘れたりはしないけれど、

忘れたりはできないけれど、

 

それでも刻みつける日なのだ。

 

最初の決意を。

 

 

急に大きな声を出したから、大佐の視線が痛い。

帰っておいでと送り出してくれるその人と

今日だけは一緒には過ごせない。

 

だから。

 

「ごめん・・・今日は、無理だから。」

 

「そうか。いや、すまないね。」

 

 

しばらくの無言の後で

 

ポンポンと頭を撫でられた。

まるで、子どもにするみたいに。

 

驚いて顔を上げれば、

アルにも屈めと言って、同じように頭を撫でた。

 

「花は必ず届いているから。

 来年は、故郷に帰れるよ。必ずだ。」

 

ねっ。と言い聞かせるようにそんなことを言うものだから、

たまらず泣きそうになってしまった。

 

起こされた郷愁は悲しみを誘うけれど、

自分にはその資格すらないことを知っているから。

 

どうして、分かったのかと聞きたかったけれど、

そんな言葉を望んではいない。

 

 

「明日は、一緒に食事にしよう。

 ハボックがおあずけをくらって死にそうなんだ。」

 

 

 

今日は祈りの日

 

ずっと昔に失くしたモノと

失くさなければならなかった理由を刻むその日

 

 

必ず帰ってみせるから。

必ず取り戻してみせるから。

 

10月3日のこの日に誓って。

鋼の錬金術師 書架