「中尉・・・これは何だね」
うららかな昼下がり、あぁと伸びをすれば反り返った頭越しに見える外の風景。
すこぶる天気がよくて、快晴。
降り注ぐ日差しに、心地よい風。
こんな条件でサボるなという方が野暮だろうに。
まさに、サボり日和。
「そうだ京都へ行こう」
どこかの島国で聞こえてくるという旅への誘い文句同様に、
「そうだ外へ行こう」
と、ロイ・マスタング、29歳、地位・大佐の耳元で何かが囁いた。
そうと決まれば持ち前の行動力を生かして、
さっさと周りの整理を始める。
何やら鼻歌でも歌えそうなほど陽気だが、隣の執務室にいるだろう副官に悟られるのは
避けなければならないので、それは慎重に。
さて、出かけようかと執務室のドアに歩み寄る。
「ぎゃぁぁぁ」
と叫び声がしました。
バタンと勢いよく扉が開かれる音がしました。
もしかしたら、サボりは取りやめ?
と、ロイ・マスタング、29歳、地位・大佐の脳内に浮かびました。
コンコン「失礼します」
自分が出て行くはずであった扉をノックする音と、例の副官の声が聞こえる。
これにて、今日のサボりの中止が決定となり、
ロイ・マスタング、29歳、地位・大佐は、しぶしぶ入室の許可を口にした。
「・・・どこかにお出かけの用事でも?」
「いや、思いとどまった」
「それは、良かったです」
入室と同時に愛銃の安全ストッパーをにこやかに外そうとする副官に、
サボり中止の旨を伝える。
「それで、何かあったのかね」
戻りたくは無かった、眠りを誘うだけのすわり心地の良い皮の回転イスに座り直し、
横に寄せた書類の山を、申し訳程度に何枚か持ち上げる。
「えぇ、少々困った事になりまして」
「何だねこれは」
「昨日、こちらに来ました、鋼の錬金術師こと、エドワード・エルリックです」
「・・・こっちは」
「大佐の忠実な部下であり、愛煙家。ジャン・ハボック少尉です」
泣きそうだ。
いや、泣いてもいいだろうか。
もちろん、両者ともに自分のよく知る人物である。
鋼の錬金術師、エドワード・エルリックと言えば、自分が後見をつとめる国家錬金術師であり、
彼にその道を勧めたのも自分だ。
いつもまめに(豆に・・・いや)報告書を提出しろと言っても2、3ヶ月連絡が無い事もざらでは
あるが、それでもよく知っていると思う。
ジャン・ハボックについては言うまでもなく、彼は直属の部下としてよく働いてくれている。
かなりの愛煙家で、ハボックの運転する車が煙の匂いがする事ももう慣れる程度には。
・・・では、この目の前にいるのは何か。
見慣れた赤いコートに黒の上下。
もっと見慣れた蒼色の軍服。
太陽のような金髪を後ろで編んで。
同じく金髪をヒヨコの頭のように立てて。
挑発するような金色の瞳。
眠たいのかというような蒼色の瞳。
あぁ、確かに見覚えという以上に慣れ親しんだ様子。
しかし。
ふわふわと揺れる金色のしっぽ。
キツネの尾のようにボンと広がったしっぽ。
頭の上に突き出した・・・2つの耳。
「なぁにがぁあったぁぁぁ!!」
1つずつ確認の後に、
ロイ・マスタング、29歳、地位・大佐は今まで出した事の無い大声を出した。
見慣れた後見をつとめる子どもに似た子猫と
見慣れた部下に似た大型犬を前にして。
「なんでも、『アニマルフルーツ』を食べてしまったらしいです」
「「「アニマルフルーツ?」」」
えぇ、と頷く中尉は、アルフォンス君に聞いたのですが、と前置きして話を始めた。
要約すればこのようらしい。
賢者の石を求めて旅をしていたエルリック兄弟が、何やら言い伝えを辿って見つけたものは、
伝説級のものなのだけれど、石ではなかった。
村人によれば、『アニマルフルーツ』と言うのだけれど、
それには不思議な力が宿っていると聞かされた。
どんな力かはもう知っている村人はいないのだと言う。
取りあえず、軍に持ち帰って、書庫を調べたけれど、『アニマルフルーツ』の事はよく分からない。
対になっているのが『ワードフルーツ』という事ぐらい。
『アニマルフルーツ』を食べた人は、次にそれを求めなければならないらしい。
「妖しいからやめよう」と弟は止めたのだが、
「せっかく苦労して見つけたのだから」と兄は食べる事にしたらしい。
軍の調理場から果物ナイフを借りてきて、皮をむけば何やら美味しそうだったらしく、
綺麗なガラスの器に盛ってみたりした。
そんな時に運が良いのか悪いのか、現れたのはジャン・ハボック。
ちょうど、軍の演習の後で喉が渇いていたところに、フルーツの盛り合わせ。
あれよあれよという間に皿のフルーツは2人の胃袋へ納まった。
「その結果が・・・これかね」
ハボックはこちらを向いて、エドを後ろにかばう様にして立っている。
その奥にちょこんと座っているのが、エド。
ふよふよと金色のしっぽは隠れる事無く揺れている。
『アニマルフルーツ』と言うだけあって、食べた者が動物になってしまうらしい。
「これは、錬金術かね・・・中尉」
「その判断は、大佐の方がお詳しいのでは」
あぁ、現実逃避も難しい。
科学者であると公言している手前、これは何かの魔術だ何だと言う事も出来ず、
かといって、錬金術かと言われれば、違うと思う。
なんだ一体!!と叫びたいが、ここにはそれを解決してくれるだろう人物はいない。
悲しい事ではあるが。
「すいません、兄さんがご迷惑を」
ガショガショと音を立てて、申し訳なさそうに大きな鎧が入ってきた。
そうだ!彼の弟がいたではないか。
何か知っているかもしれないと一縷の望みをかけてみる。
「これを食べさせてみようと思うんです」
無骨な鎧が差し出したのは、黄桃のようなものに、イチゴのヘタのようなものが付いていて、
それがブドウのように房をなしている。
まぁ、見ればフルーツに見えなくともない。
そんな形状見たことはないが。
「・・・もしかして」
「はい。『ワードフルーツ』です!!」
「一体どこから、そんな訳の分からないフルーツを入手してきたんだね!!」
「近くの八百屋さんに聞いてみたら、出してくれました」
えっ?!
『ワードフルーツ』ってそんなにメジャーな果物でしたっけ?
ロイ・マスタング、29歳、地位・大佐は、自問自答を繰り返す。
その隙に、アルフォンスは器用にクルクルと皮を取り外し、
まるい実をお皿に入れると、半動物になっていた、2人の前に差し出した。
「食べてみてください」と。
「だぁ〜大佐っ!!!絶対、エドに手を出さんでくださいよっ」
なんだこいつ。
第一声がそれか。それなのか?
アルフォンスに差し出された『ワードフルーツ』を勢いよく食べると、
クルリとこちらを向いたハボックはそう言った。
どうやら、今までは話したくても話せない状態だったらしく、
『ワードフルーツ』を食べれば人間の言葉が話せるらしい。
「どういうことだ」
「だって、こんなに可愛いんスよっ!!!」
横でぺろぺろと手を舐めていた、子猫(エドワード・エルリック)を抱き上げて、
ハボックはこう続ける。
「このクルクルのつり目は金色で、触らずにはいられないフッサフサの耳と、
可愛らしい肉球の手。(一方は機械鎧ではあるが)無造作に揺れるしっぽ!!!
可愛いっしょ!!」
言われながら、指し示された部位を見る。
・・・確かに。
この世界には様々な趣向を持つ人種がいるというが、
今までは何だ?と思ってはいたが、
こうして、実際に目の当たりにすれば・・・可愛い。
クルンと瞳が動いたり、ぴくぴくと耳が揺れたり、
こう・・・思わず、ぎゅっとしたくなる。
ぎゅっ・・と。
思わず、手を伸ばしそうになれば、ハボックはシャーと威嚇した。
・・・こいつもそう言えば、『アニマルフルーツ』を食べて、
半動物になっていたのだった。
しかし、ぎゅっとしたくはない。
「・・・威嚇するなハボック。上司だろうが」
「あっ・・・そうでした」
途端に思い出したように、言えば、
今まで立っていた耳は、頭の両端にペタンと落ち、
ボンボンになっていたキツネのようなしっぽは、しゅっとなった。
「あっおまえ、今まで威嚇してたのか!!」
「はぁ・・・まあ」
もとから、そんな様子なのだと思っていたが、
威嚇作用で耳は立ち上がり、しっぽはボンボンになっていたらしい。
ばちんと指を鳴らして、
ハボックに焔をお見舞いすれば、きゃんと鳴いて、後ろに下がった。
その時に、ハボックは、鋼のを床に落としてしまった。
「あぅ!・・・いひゃい」
「はっ鋼の?!」
「・・・たいしゃ?」
きょとんと見上げられる。
金色のクリクリとした瞳で。
しかも、呂律が回っていない。
「にゃに・・・これっ」
その場所で立とうとするのだが、
手で支えて、足に力を込めて、手を離して立とうとすれば、
ペタンとその場にしりもちをついてしまう。
「立てないのか?」
「・・・みひゃい」
「しゃべれないのか?」
「あぅ」
「ハボック!!貴様がばかばか1人で食うからだろうが!!」
皿の中の『ワードフルーツ』は一切れ二切れをエドワードが食べただけで、
そのほとんどはハボックが飲み干していた。
「しょうがない・・・アルフォンス君、もう一度、買ってきてくれないかい?」
「・・・ないです」
「は?」
「ないんです。ワードフルーツ」
「いや、今さっき、ここの八百屋で買ってきたと」
「はい、だからそれで最後だったんです」
「なぁに!!そんなに貴重なものなのかい?!」
「・・・来年にならないと、生えないらしいです」
子猫のエドワード・エルリック。
猫耳・猫っぽ・猫手あり。
『ワードフルーツ』を少ししか食べられなかった為に、言葉が不自由。
動作は、一歳児ぐらいの様子。
大型犬のジャン・ハボック。
犬耳・犬っぽ・犬手あり。
『ワードフルーツ』をいっぱい食べたので、言葉は成人程度。
動作もどういう訳か、平常どおり。