子どもの笑い声が辛いと思い始めたのは・・・もっと前から。
元来、自分は子どもというものが苦手で、
自分の伝えたいことを要領悪く口にしたり、聞き分けが無かったり、
泣き喚くだけの存在だと思っていた。
「なぜ」「どうして」と不躾な質問攻めに合うことも多々あった。
それでも、愛しい人との間に、自分の血を分けた存在が宿り、
そうして命のサイクルを続けていくというあまりに自然なことが、
とても嬉しく思われて。
「子ども」という認識は大きく変化することになった。
目の前を小さな子どもが通るたびに、なんとも言えない暖かな気分になった。
その光景を見るたびに、横にいるときは取り留めの無い話として、
傍にいないときは、家に帰ってから飽きもせずに話したものだ。
「今日であった子どもはどんな服を着ていた」だとか、「どんな玩具を持っていた」だとか。
そうして、膨らみかけた妻のお腹を優しく撫でて、
この子にも同じようなものが必要になるだろうかと思案するのだ。
優しく笑うようになった妻も、肯いたり、やり過ぎだと窘めたり、
しかし、とても嬉しそうだった。
しかし。
妻のお腹が急に空虚なものになってしまった日から、
ぱったりと止んでしまったその話は、
もとから何も存在していないかのように、暖かな気持ちすらも遠ざけてしまった。
何度も続く日常の中で、様々な毎日がやってくる。
色とりどりの花が溢れる季節や、忙しく大きな包み紙を大事そうに抱えた人が家路に帰る姿。
けれど、愛しい妻はその毎日をただ繰り返す。
見えないはずのものをその瞳に映して。
何度ケーキを焼いただろう。
決まってそこには一本のローソクがある。
ハッピーバースデーと書かれたそのチョコレートの板には、ぽっかりと名前が抜けている。
いつが誕生日だったのか知らないままに、失ってしまったその子のために、
妻は何度もケーキを焼いた。
それでもローソクはいつも一本。
生まれた日を感謝し、祝うその一日は、
成長を許されなかったその子のために、何度も何度も繰り返される。
そうして、はらりと涙を溢すのだ。
妻は気付いているのかも知れない。
いなくなってしまったその存在を。
そんな、日常を変えたのは一本の電話。
さぁ、鐘の音を聞きに行こうか。
聞こえなかったはずの祝福の鐘の音を。
ロイ・マスタングは家路に着きながら、頭をひねっていた。
あの電話に自分はどう答えるべきだろうか、と。
「中央に顔を見せに行きたいのですが」とのあの電話。
それは義弟からの電話であった。
そう、妻の弟からのものだ。
長い時間、鎧の中に閉じ込められていた彼は、
妻が白く美しい手足を取り戻したのと同じく、年相応の体躯を得ることができた。
生身の体を手に入れた後は、旅で得た知識を使って、医療の道に進み、
幼馴染であった女性、ウインリィ・ロックベル嬢とともに、故郷に居を構えたのだった。
妻と弟、そして幼馴染の少女だったウインリィ嬢は、とても仲が良かったことから、
二人が付き合い出したことを妻は当然だと言いながら、とても嬉しそうであった。
時を同じくする頃に、まるで姉妹のようだった妻とウインリィ嬢は、
ともにお腹に命を宿した。
同い年で生まれるはずであった。
その子どもも覚束ない足取りではあるものの、立つことができるようになったと聞いた。
両親に似てとても綺麗な金色の髪をしている男の子だと。
まだその姿を見てはいないが。
どうして会いに行けようか。
どうして会いに来れようか。
同じ年で生まれるはずであった一対の子どもは、
夢のように消えてしまったのだから。
姉の病気を聞いた時、弟は「どうして姉さんばかり」と嘆いたが、
その事をウインリィ嬢にはどうしても話せなかったようだ。
その事を話してしまえば、あの同性であるが故に、いつも心配をしていたウインリィ嬢は、
体調を崩してしまうだろうと、そんなことは、私でさえ想像がついた。
身重の妻に嘘を付いた義弟の気持ち、そして姉のそばに付いててやりたかっただろう気持ちは、
痛いほどよく分かった。
そうして、出産後に明かされた幼馴染の悲劇に、
やはり彼女は大粒の涙を流し、一緒に祝福の中で生まれるはずであった子どもを強く抱きしめたらしい。
家路に着くまでの電話ボックスに入り、
手帳から義兄宅の住所を引き当てる。
家から電話をすることは出来ない。
『はい、ロックベル義肢装身具店ですが』
「あぁ、ウインリィ嬢ですか。ロイですが、アルフォンスはいるかな?」
『マスタング准将?すぐに代わります・・・・アル〜』
『はい、代わりました。義兄さんですか?』
「あぁ、いろいろと考えたのだが、今、会うのは妻のためにならないのではないかと」
『・・・・お話したいことがあるのですが』
「妻の体ことかね?」
『それにも関係することかと。姉に直接話すにはまだ早いと思うので、
僕としても、義兄さんだけとお話できれば・・・』
「うむ・・・では、どこか市外で会おう、明日詳しい日程を組んでもいいだろうか」
『はい。宜しくお願いします』