一時休戦
「おぉ〜い、これつぶしてくれ〜」
時刻は夕刻。
午後4時を少し回ったところ。
リビングには取り込まれた布団が置いてあって、
それにバフンと倒れこんで遊んでいた娘たちは、妻に少しだけ叱られた。
娘の頭をポンポンと撫でてやりながら、キッチンで夕食を作る妻の代わりに布団を片付ける。
布団を各自の部屋に運んだのちに、戻ってきたリビング。
トントンとキッチンでは暖かな音が響いていて、ホッと幸せが増す。
リビングからのパパぁ〜と呼ぶ声で、夕食までの時間で娘とともにトランプをして遊ぶ事になった。
段々と深くなっていく空の色とサワリと流れる風を大きなガラス戸の内で知る。
キラキラと輝く髪の色は、妻と同じ色をしていて。細いリボンで可愛らしく結われている。
「次はパパの番だよ」とチェックの模様が鮮やかなトランプを差し出し、マリーはこちらに声をかける。
小さな手には少しだけ大きなトランプがしっかりと握られていて、
ジョーカーの存在を示すように、一枚だけが飛び出すようにして上がっていた。
トランプを持つマリアベルとその横にいるロゼッタは2人でキョロキョロとこちらを見たり、
トランプを見たりと忙しい。
共同戦線を張ったらしく、父親にジョーカーを渡したいらしい。
ここは乗るべきか乗らざるべきか。
ふむ。
これがハボックあたりなら、けちょんけちょんに負かしてやろうとか思うのだろうけれど、
幼い娘の可愛らしい作戦に乗るのも楽しそうだ。
・・・・しかし、ここは正しく勝ち負けを教えるべきだろうか。
子育てとは難しいものだ。
遊ぶのにこんなに必死になってしまうのだから。
トランプを前に深く考え込んでいると、妻が深い鍋を手にこちらにやって来た。
「これをつぶして」と渡した鍋の中には薄く黄色っぽいホクホクとした蒸かし芋がたっぷりと。
ホーロー鍋は鉄製で重たいが、それでも火の通りが均一で美味しく仕上がるのだと妻は言っていた。
真っ白な鍋がとてもお気に入りらしい。
「あっ遊んでたんだ、ごめんな」
「いや、手伝うよ。ロジー、マリーもお手伝いしようね」
娘の手にトランプがあるのに気付いた妻が、どうしようという顔をしている。
妻としては、忙しい自分に少しでも娘と遊んで欲しいと思っているらしい。
妻自身、自分が幼い時に親から愛情をたくさんもらったから、娘に対してもそう接したいのだと、
この子たちが生まれる以前から、よくそう言っていたことを思い出す。
妻から鍋を受け取り、娘にも手伝いを頼む。
「いいよ〜あっでもトランプはパパの負けねっ!!」
手の中のトランプをさっと片付けながら、マリアベルがへへへっと笑う。
「だね〜だってパパのカードが一番多いもんねっ!!」
ロゼッタもこれに賛成というように、中央に捨てられたカードの山を一緒に片付け始める。
「こらこら、ジョーカーはマリーが持っていただろ?それでもパパが負けなのかい?」
多少釈然としない思いを娘に問うて見るが、きょとりとした顔で娘はこちらを見る。
おや。マリーがジョーカーを持っていたことをこちらから口にしたのは間違えだったろうか。
娘なりにそれを隠していたのだろうから。
「?だってパパ、これジジ抜きだもん」
「ジョーカーは2枚あるんだよ?」
ほらね、と娘は混ざってしまったカードの山から、ジョーカーを2枚取り出す。
「私とロジーが一枚ずつ持っていたの。ロジーが持っていたカードと合わせたら、
パパの持っているカードが一枚多いでしょ?」
「きっと2枚ずつにならないから、パパの持ってるカードがジジだもん」
・・・・・・ジジ抜き?
「パパ抜きをしていたのではないのかい?」
どうやら自分は娘とのカードゲームを間違って行っていたらしい。
パパ抜きのジョーカーではなく、あらかじめ抜いていた一枚のカードと同じ柄のカードを鬼にするらしい。
つまりは、自分が持っているこの五枚のカードのうちのどれかがジョーカーの代わりになっているもの、
ということらしい。
「うぅんとね・・・ほらっハートのキング!!」
「13はえっと・・・2枚あるから、パパはクローバーのキング持ってるでしょ?」
ソファーの下から取り出された一枚のカードには13の数字。
そして、自分の手の中のカードには「クローバーの13」。
つまりは、これがジョーカーの代わりだったらしい。
自分が行っていた作戦とやらは、全く意味がなかったらしい。
「「ねっパパの負け!!」」
へへへっと笑う娘が可愛いので、まぁいいのだが。
これがハボックあたりだったら、「情報の不確かは命取りだ」とか何とか言いつつ、
焔の一発でもというところだろうが。
大人が余興のついでに行うカードゲームよりも、
ずっと純真に行われるカードゲームのなんと難しいこと。
自分は駆け引きというものに慣れすぎてしまっているのかも知れない。
「ママ、今日の晩ご飯はなぁに?」
「うん?今日は、コロッケね。ジャガイモが沢山あるからっ」
娘とのやり取りに横で妻がクスクスと笑っている。
どうも自信たっぷりだった私が娘に負けたのが面白いらしい。
「はい、頑張ってね・・・お父さんっ・・・クスクス」
笑いながらポンと肩を叩いて、妻はコロッケの材料となる蒸かしたジャガイモを置いてキッチンに戻る。
自分の負けず嫌いをよく知っている妻だから、尚のこと面白がっているのだろうと想像する。
まぁ、実際、他の者と戦って(たとえカードゲームだとしても)負けたとしたら、
こんなに平然としていられない性格なのかも知れないと思う。
けれど、娘の笑顔が見れただけで、良かったと思える自分も確かにいるのだ。
本当に大変な弱点なのかも知れない。
自分は最大の弱点を手にしてしまった。
愛する妻と愛する娘。
まったくこの両者には勝てる気がしない。
「さて・・・お手伝いしようかね」
玄関口には届けられたジャガイモがどっさりと置かれている。
リゼンブールでは今年も豊作だったらしい。
「マリーね、ママのコロッケ好きなの!!」
「ロジーも!!」
ホーロー鍋に沢山のジャガイモ。
テーブルの隅には片付けられたトランプ。
自分の隣には笑う娘。
キッチンからは妻の歌が聞える。
あぁ、まったく。
最大の弱点で最大の強さの源だなんて。
私はどうしたって敵わないじゃないか。