生まれた子どもは黒髪に金色の瞳を持つ双子。
あぁ、とても愛しいその存在に目頭が熱くなる。
汗と長時間の分娩で疲れているはずの妻はそれでも美しく。
産婆に取り上げてもらった子どもをしっかりと抱いてから、
その腕を自分に向けた。
恐ろしく小さいその体は、自分が触っても壊れたりはしないだろうか。
女性はいつから母になるのか、しっかりと母親の顔をしている妻に
置いていかれたような気さえする。
当然、父親初心者の自分は、それでも小さな命、
自分の血を受け継いだという、その大切な命を抱きしめたくて、
そっと妻の腕から生まれたばかりの子どもを受け取る。
思った以上に重く、そして暖かい。
感極まって、「パパですよ」なんて言ってみようと、口を開きかけた
その時。
部屋中に「あうぎゃ〜」という悲鳴にも似た泣き声が響きわたった。
慌てて、妻に抱き戻せば、ピタリという言葉通りにその声を止める。
「あらあら、びっくりしちゃったかな?」と産婆が微笑ましく笑い、
じゃあ、ともう1人の我が子を抱くように前に出す。
今度こそ、とその子を抱けば・・・
まるで再現の如く「あうぎゃ〜」という悲鳴。
そして、妻が抱けばピタリと泣き止むその子ども。
「っと・・・パパ・・・ですよ?」
泣き止んだ子どもを覗き込んで、妻はフォローのようにそう言うが、
自分の顔は今までの幸せに満ちたそれから、
とても複雑な面持ちに変わっているだろうことを自覚する。
「どうかしたのか?」
出産を終えて、幾日が入院したものの母子ともに健康で
久しぶりに自宅へと戻ってきた。
たくさんの贈り物の整理をしていた夫はドサリとリビングのソファーの上へ
その体を投げ出した。
疲れているのだろうか?
自分の出産に立ち会うために、仕事を休み無く行っていたことも
知っているし、難産といかないまでもその出産を同じ時間傍にいてくれた。
その後、ベッドで休んでいた自分と違いロイは司令部に戻ったり
今日も一日中働いていたのだ。
運んできたコーヒーをコトリと手元のテーブルに置き、
夫の髪をフワリと優しく撫でた。
「疲れたって顔してる。ごめんな、手伝えなくて」
「あっ・・・いや、疲れたという事もあるのだが、
心配事が・・・あるのだよ」
いつもの笑顔ではなく、苦笑を浮かべるロイに、
どんな心配事があるのかこちらも心配になる。
顔を覗き込めば、ゆっくりと起き上がり、前髪をかきあげた。
「・・・自分が親になり、子どもたちが愛しくてたまらない。
しかし、このまま泣かれ続ければどうしようかと・・・」
はぁと盛大なため息付きで、今度は掌で顔を覆い俯くような姿勢をとった。
「・・・はっ・・はは」
「なっ!笑い事ではないよっエディ!!」
まったく、赤ん坊など泣くのが仕事のようなもの。
病院で初めて抱いた時に大声で泣かれたことがトラウマに成っているらしい。
それ以来、どうもおっかなびっくりに抱くので
おかしいと思っていたら、そんな理由だったのか。
「ふっははっ・・・大丈夫だよっ」
「しかし・・・」
「何かあったら、男同士の会話ってやつで助けてやれるのは、
父親であるロイの仕事なんだからさ。」
自分には父親が居ないも同じだったし、
それでいいと思っていたのは、女だからだったのかも知れない。
弟は、アルフォンスはそれでも父親が必要な時があったのだろう。
その時に兄のように、時には父のように思える司令部の人、
もちろんロイやハボック達がいてくれたから大丈夫だったのだろう。
「・・・そうか?」
「そうですよ、お父さん。」
目の前で、そうか、そうかと繰り返し、
どこまで想像しているのか、一緒にキャッチポールをするだの、
酒を酌み交わして将来を語る時がくるのだとか、
当分先の事まで言い出して、今までの憔悴が嘘のように
ふふふっと笑い出した夫の姿ははっきり言って不気味だった。
いっぱい、いっぱい愛してあげようね。
足取りはまだまだ危なっかしいものの、
走り回る子どもたちで家の中はいつも大騒ぎだった。
おやつを食べれば頬やテーブル、床はベトベトになるし、
一度外で遊び出せば、その日の洗濯物は山のよう。
それでもエドワードは嬉しかった。
泥だらけの服を着て、窺うようにドアから顔だけ出して、
「あっあのね、少し汚してしまった・・・んだけど」と、
二人がトーテムポールのようにしておずおずと声を出した時も。
きっと、この子たちが少しだということは、
大分泥だらけになっているのだろうけれど。
「おやつの前には手を洗って、汚れた服を着替えてからだからなっ」
お許しの言葉を聞いて、ぱっと顔を綻ばせる姿は
この上なく愛しい。
フォース・マスタング、デイス・マスタングともに3歳。
遊びたい盛りでいつも大騒ぎだけれど、
それは自分も確かにすごしてきた幼少時代で。
あの時、母親は自分を叱ったりしなかった。
汚れた服を怒って洗濯したりはしなかった。
その意味が、今なら分かることができて、
そんな風に感じられる事が本当に嬉しかった。
「ねえ、ママ。」
口いっぱいにおやつのクリームケーキを頬張りながら、
フォースが話してくる。
「なんだ?」
隣では、デイスがポタリとクリームをズボンに落としたので、
それを拭ってやりながら、その返事を返す。
「パパって・・・僕たちのこと嫌い?」
「ママの事取っちゃったから?」
何を聞いているのだろうか。息子たちは?
クリームを付けた頬を指で撫で取ってやりながら、
その真剣な目に少し驚く。
「パパが二人を?ママの事取っちゃった?」
目線を合わせて、問いかけると、
うんうんと大きく頷いて、話始める。
「パパ!!僕たちのママを取っちゃ駄目だからね」
「うん!!ママは僕たちのこと大好きって言ってたからね」
その日は眠ってしまう前に父親が帰ってきて、
一緒にお風呂に入っていた。
「パパは子どもじゃないのに、ママと寝るし」
「ママのお手伝いをしないし」
いつもは言えない不満なのかなんなのかをぶつける息子たちに、
ロイは苦笑を返した。
「やれやれ、どうしたんだい?
ママは二人を大好きだし、パパの事も好きだと思うけど。
それでは、駄目なのかい?」
その顔は優しいもので、
ロイを知っている者が見れば、どれだけ家族を大切にしているのか、
聞かなくとも分かるというもの。
しかし、そんなことなど分からない愛されている息子たちは、
大切な母親を奪われてしまうことの方が大問題である。
「駄目!!」
「ママは僕たちと結婚するんだよ!!」
「それは困ったな。パパのお嫁さんなのに」
「「別れてよ」」
愛する息子から離縁状を叩きつけられるとは想像していなかったロイは、
何故か焦った。
しかし、よく考えればそんなことは出来るはずもなく、
息子に気付かれないように安堵の息を吐く。
「パパに、ママと別れてって言ったの」
「うん。ママと結婚するからって」
「別れって、誰からそんな事聞いたんだ?!」
「ハボ兄に聞いた〜」
「ママはパパと別れたら、次の人と結婚できるんだぞって」
なんて事を子どもに教えるんだと思うが、
そんな事をロイの耳に入れれば、ハボックは燃やされてしまうかもしれない。
うん。黙っていよう。
「で、どうして、パパが二人を嫌ってるって思うわけ?」
「パパ、出てっちゃった?」
「帰ってこないんでしょ?」
ロイは毎晩帰って来ているのだが、
どうも子どもたちのサイクルとあっていないらしく、
起きている時に会えていない。
それでも、戻れば眠っている額にキスをするし、
仕事に出る前も必ず布団を直しに部屋に行っている。
嫌っているなどと思われていると知れば、
夫は悲しむ事だろう。
「・・・話しちゃおうかな」
もったい付けた言い方をすれば、
しょげていた顔が興味に持ち上がる。
どちらに似たのか好奇心旺盛な息子たちは、
こういった話し方に弱かった。
「「なに?」」
「パパが二人のこと大好きって話・・・聞きたい?」
「「うん」」
首をガクンと折って、盛大に頷くので、
優しく頭を撫でてやる。
それは、生まれたばかりの頃の話。
息子二人が大好きでしょうがないお父さんの話。
「名前・・・どうする?」
生まれてくる前から、「女の子に違いない!!」と言い張り、
その名前についても一悶着あったのだが、それはまた別の話。
娘の名前は用意していたものの、息子の名前は決めていなかった。
生まれてからバタバタと忙しかった為もあって、
名づけの期日は迫っている。
自分は女なのに男の名前を付けられたからと言って、
息子に娘の名前を付けるわけにもいかない。
どうするかと思案していれば、ロイが静かに声を出した。
「・・・実は、考えていた名前があるのだが。」
「あんの!?何??ってこのパターン・・・。また手帳解読?」
「いや、手帳には女性の名前しかないから」
きっぱりと言われて、それはそれで腹が立つのだけれど。
「・・・フォースとデイスと言うのだけれど、どうだい?」
「フォースとデイス?」
聞いた名前に首を傾げる。
何かで聞いたことはあるようだけれど、どこでだっただろう。
ロイのことだから、何か意味を持たせているのだろう。
「あぁ、火星は二つの月を持っているのだが、
その名をフォボスとデイモスと言うのだよ。そこから取ってフォースとデイス。
その星は、火星アレスと金星アフロディテの息子なのだそうだよ。
私は焔を扱うアレス、君は金色の女神アフロディテその息子にはぴったりだと思うのだが」
「フォース・マスタング、デイス・マスタング・・・。
うん!いい名前!!」
「僕の名前をパパが?」
「そう、パパは二人が大好きだからね」
星はいつも君達を見守っているから。
たとえ暗い夜が来ても、煌々と輝きその道を照らす。
「名前はね。ずっと大好きだよって印なんだよ」
グラスは二つ。
大き目の氷は年代物の氷河だと言う値の張るもの。
そこに入れるブランデーも高価。
テラスのテーブルに並べて、一つを手にとって、
もう一つのグラスにチンと当てて、音を響かせる。
「息子が生まれたよ。女の子だと思っていたが、違ったらしい。
けれど、可愛くて仕方が無いのは、お前の親ばかが移ったからだろうか」
見えないけれど、確かに横にいるかのように。
ずっと傍にいたであろう悪友にそのグラスを渡す。
「名前は決めた。フォースとデイスというのだ。」
ふと手に取った天体の本。
そこには様々な星が羅列されていたけれど、
一つだけ、見知った名前を見つけた。
『Mars』
お前の名前が付いた天体など、どんなものだろうかと思えば、
火星なのだな。
私が操る焔の星だ。
そして、金星と結ばれる星なのだと。
そして、二人の息子がいるのだと。
お前の名前を貰ったとは言わない。
「マース・ヒューズ」はただ1人でいいだろう。
しかも、「マスタング」姓にはどうも合わないと思うのだ。
よい名前だろう。
「フォース・マスタング」
「デイス・マスタング」
光り輝くこれからの道を
どうか照らしてやってくれないか。
もしかしたら、エリシアと結婚するなんてこともあるかもしれないぞ。
あぁ、怒るな。
私が義父になるというのに。
しかし、お前と親戚になるというのも気持ちが悪いか。
エリシアはよい娘になったが・・・。
まぁ、いい。
この話はまた今度、ゆっくりしよう。
今日は、私の息子のために飲んでくれないか。
いつか、あと二つグラスを並べて語り合える日まで。
愛しい人たち