いつか見た星空

 

 

 

 

 

歌が聞えるよ。

とても小さな歌だけど。

きっとあなたを夜の闇から救ってくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ささのは さらさら のきばにゆれる

おほしさま きらきら

きんぎんすなご

 

ごしきのたんざく わたしがかいた

おほしさま きらきら

そらからみてる

 

 

 

 

「エルリック少佐?」

 

 

ぼぉっとしたままで、口ずさんでいた懐かしいメロディをふと止められた。

何の歌ですか?と問てくるのは、一ヶ月ほど前から部下として派遣されてきた、まだ歳若い青年。

といっても、自分よりもいくらか歳は上だろうが。

 

 

「・・・・七夕・・・って知らない?」

 

「タナバタですか?」

 

 

そう、七夕なんだよ今日は。

そう言って、いつだったか彼の部下たる人に聞いた逸話を話してやる。

 

 

まだ、戦争なんて始まっていなくて、

人間兵器なんて必要なくて、

ただ、目標の為に必死でいてよかったあの頃。

 

 

 

 

長雨に疲弊する彼は、「何か楽しいことはないのか」と呟き、

「またこの人は」と執務室の皆は呆れ顔をしていたっけ。

あの空間は、とても厳しい軍の中にあって、それでもまるで「家族」のように暖かかった。

 

 

「そういえば、今日は七夕ですね」と、

そういったのは、知識を問えばまるで辞書の如く答えをくれる彼であった。

余程、暇をもてあましていたのだろう、上司である彼は身をデスクから身を乗り出してその話を聞いた。

 

古い東の島国の話。

この輝く星に秘められたお話。

 

好きあってそれでも互いが離れて生活し、1年に1度だけ逢瀬を許された恋人の話。

 

 

「うむ。それは興味深い話だな」

 

彼は、顎に手をやり何事か考えていた様子だが、

周りの部下たちがそんな彼に対して言った。

 

「恋人にかまけて仕事を疎かにするなんて、まるで大佐のようですね」と。

あははと笑い声が起きて、「お前たち・・・・」と彼はうな垂れて。

 

「まぁいい。私をそんな愚鈍な男だと思いたければ思いたまえ。

 だが、私は恋人と離れ離れにされて、大人しく引き下がるような男ではないぞ。

 なぁ、エディ!!!」

 

 

っていうか、そんなところで急に話をふられても困る。

あぁ、あの時は非常に困った。

まるで茹蛸になるかのように、顔が赤くなっていくのが自分で自覚できるほどに。

 

 

「はははっ私たちを別つ天の川など、私の焔で蒸発させてやろうではないか!!!」

 

「っ!!!あんたが仕事すりゃいい話だろうか!!!」

 

 

 

それもそうだと笑ってみせて。

周りの皆も楽しそうで。

古い謂れの通りに、どこから入手したのか笹を用意したりして。

 

 

なんだかんだと話しながら、各々の願いを短冊に。

 

 

それは、随分と昔の話。

 

 

今では、この南の果ての砂漠地帯。

ここから見上げる星空は、東部の中心よりもはるかに鮮やかではあるけれど。

それでも、並んで見る貴方がいないというだけで、どんなに色褪せて見えるだろうか。

 

 

銃声が響く。

その場所に貴方がいるなら、私は・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!!!!!」

 

随分と体が冷たい。

ドクドクと心臓が動き、呼吸が乱れる。

なんで、なんで。

 

 

 

 

何、いまの。

 

 

 

 

「・・・・エディ?」

 

 

「あっ・・・・・・」

 

 

 

 

腰に力を入れれば、フカリと沈む柔らかな布団の感触。

小さくキィと鳴ったままに、隣で眠る彼を見る。

 

 

まだ目を細めている彼は、ピンと跳ねた寝癖を1つこちらへ向いた。

伸ばされた腕は、頬を掠めて、右耳に優しく零れた髪を掛けてくれた。

 

 

「どうした?怖い夢でも見た?」

 

 

 

 

コクリと頷けば、少しだけ目を大きく開いてから、

頭をよしよしと撫でながら、本当に優しく微笑んで。

 

 

「もう大丈夫だよ」と、夫は言った。

 

 

 

 

 

うん。

すごく怖い夢を見たの。

それは、きっと銀時計を得たときからずっと恐れていたモノで。

 

貴方がいない場所。

人でなくなってしまう場所。

 

私はずっとそれが怖かった。

 

 

 

 

あまりに現実のようにリアルで。

あまりに真実のように辛かったから。

まるで、この暖かな世界こそが夢のよう。

 

 

 

 

戦争なんて、起きていない。

貴方は私の隣にいるし、私は貴方の隣にいる。

荒れた砂漠の大地ではなくて、

肌触りの良いシーツに座っている。

 

 

 

 

 

「今日は・・・・飾りつけをして、庭でご飯だろう?

 ロジーもマリーも楽しみにしている」

 

まどろみついでに、夫は今日の予定を読み上げる。

 

 

「笹に願いを書いて、月を見ながら食事をしよう。

 2人がてるてる坊主を作っていたから・・・あぁ雨だとまた泣いてしまうかな。

 今日の天気はどうだろう、ね。エディ」

 

 

 

頭を撫でる腕が暖かい。

 

 

声が聞こえる。

高く低く可愛らしい歌声。

 

 

 

ささのは さらさら のきばにゆれる
 おほしさま きらきら 

きんぎんすなご


 ごしきのたんざく わたしがかいた
 おほしさま きらきら

 そらからみてる

 

 

 

願っているのは、こんな日常。

 

 

短冊に書くほどに大げさではないかも知れないけれど、

今の私が望むのはこれだけ。

 

 

夫がいて、子ども達がいて。

 

小さな悲しみと、

怖くならない程の幸せを。

 

怖い夢を見た時に、手を伸ばして暖かさを伝えられる距離にいますように。

そんな距離にいられますように。

 

 

 

 

ロイエド子