こんなに

 

 

愛しいと

 

 

 

 

魂が震える。

閉じた瞳のなんと暖かいこと。

喉の奥は狭まり、

肺の奥で深く息を吸う。

 

 

 

 

どうして今まで平気でいられたのだろう。

こんなにも苦しい思いを、

どこに隠していれられたというのだろう。

 

 

 

愛しい。

愛しい。

 

 

この気持ちを言い表す言葉を持たない私たちは、

互いに抱きしめあう事でしか伝えることができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 駆け引きはいつも一瞬 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハボックの運転で村の診療所に着いた時、

急いで駆け上がった木製の床板はギシリと音を立てた。

そんな事さえ聞く余裕がないほどに、

2人の男は気持ちが急くばかりで、一直線にその場所に向かった。

 

 

 

小さな診療所の廊下の突き当たり。

そこがこの院の手術室だ。

暗い廊下はギシギシと導くが、その先にまだ赤く光るランプを見つける。

 

 

暗いそこに赤々と。

手術の続行を告げるランプが光る。

 

 

 

「・・・・准将」

 

 

廊下に置かれた長いすに、座る事無く直立していた女性は、

ロイの長年の副官であるリザ・ホークアイだった。

さすがにその顔には疲労の色が見えていたが、

それよりも顕著に心配だと浮かんでいる。

 

 

「まだ・・・・なのか?」

 

 

ここに運ばれて、どれくらいの時間が立っただろう。

あの小さな体の血液のどれ程が流れ出たというのだろう。

長時間の手術はどれ程あの子の体に負担を与えるだろう。

 

 

 

静かな空間の一枚扉を隔てた先で、

命を扱う戦いはまだ繰り広げられている。

 

 

 

ここにいる3人は共に軍人。

 

戦場に出た経験もあるし、人の命を奪ったこともある。

人の死に様を幾度となくその目に留めてきたのだ。

 

むせ返るような血の匂いも、人の叫び声も。

その命の事切れる瞬間すら、何度も見てきた。

或いは、己の手でそれを導いてきた者たちだ。

 

 

 

そんな者たちが、一心に祈った。

 

 

 

どうか連れていかないでください。

その子は私たちの大切な子どもなのです。

 

 

逝くのは早すぎる。

 

たくさんの幸せを手にできる、

手にしなければならない子どもなのです。

 

 

 

戦場の夜にだって祈ることなど忘れていた3人の軍人は、

赤いランプに照らされた一枚の扉を見つめて、

そうして祈った。

 

 

 

「どうか助けてください」と。

 

 

 

 

 

 

 

手術に要した時間は、およそ6時間。

 

多量の出血を引き起こした頭傷の処置は容易な事ではなかった。

 

 

 

手術を引き受けたのは村の医師だった。

いつもは列車で遠くウエストシティの大学病院で勤務する医師だった。

今回の事故によってこの村に足止めされていた医師だった。

 

 

「この列車に乗っていたのは私だったかも知れない・・・・」

そんな恐怖に駆られた後に、運び込まれた患者は、

体に纏った赤いコートと同じ色に頭を染めている小さな子どもだった。

 

 

 

 

誰もが美しいと思う金色の髪を切って、傷を洗浄する。

すでに意識は無いはずなのに、痛みに反応した体は弓なりにしなる。

 

どうにか痛みを取り除いてやりたいと麻酔を打つが、

機械鎧手術の副作用であるのか、麻酔はほとんど効果を見せず、

成長十分ではない体に強い薬を打つことは、

どんな弊害を招くとも知れないとの判断が下された。

 

麻酔なしの手術となった。

 

医師たちに頭部の痛みに反応する機械鎧の腕と足を押さえつけることは難しく、

それはすぐに取り外された。

 

 

 

 

医師たちは息を呑んだ。

 

「綺麗な金髪なのに・・・・ごめんね」と、

傷口の洗浄の為に髪を切った看護婦は小さく謝った。

 

 

なんと小さな体だろうか。

厳つい機械の腕と足は、どれだけこの子に負担を強いているのだろう。

こんな・・・・・小さな少女に。

 

 

患者は女の子だった。

 

白い肌は泥で汚れ、

小さな肩には抉れたような傷が走っている。

顔の半分は血がベタリと付いている。

 

 

それでも小さな女の子だった。

 

 

 

医師は、傷に入り込んだ泥とガラスの破片などを丁寧に取り出す。

 

医師が現場の状況を聞いた時、医療班だった者はこういった。

「この傷で錬金術を使い、大人を担いで列車より救出した」と。

 

そんな馬鹿なことがあるだろうかと、医師は思った。

 

大人であっても、立って歩く事などできない程の出血量。

痛みで集中力も欠けていただろうに、錬金術を使った?

こんな小さな体で大人を担いで?

 

 

 

 

「先生っ!!呼吸数が乱れています!!!」

 

「心拍低下っ!!!!」

 

 

 

生きるのだろう?

この扉の向こうに祈る人の声は届かないか?

 

もう少し。

もう少しだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチリ

 

暗い廊下の色が変った。

その瞬間に勢いよく3人は赤色を失った扉に振り返る。

もう6時間が経過している。

あの子をこの扉の先に見送ってから。

 

 

ガラリガラリとコマが引きずられる音と、

数名の足音を聞きつけて、軍人は扉の前に駆けり寄る。

 

 

扉が酷くゆっくりと開けられたと感じた瞬間に、

可動式のベッドが目に入る。

 

 

「鋼のっ!!!」

「エドワード君っ!!!」

「エドっ!!!」

 

3人の声が重なり、

それまでの静かな祈りに満ちていた空間は、

一気に生の香りを濃くした。

 

 

生きているのだと、

走り寄る。

 

 

 

さぁ笑っ・・・て?

 

 

ガラガラと音を立てるベッドに近づけば、

その中の様子に目を見開いた。

 

 

そこに居るのが、まさかあのエドワード・エルリックだというのか。

 

 

 

 

顔にはまだ生々しく赤い血が付いているし、

傷口にはガーゼと消毒液の黄色い染み。

美しかった金色の髪は、至る所にハサミが入れられている。

勝気な瞳は閉ざされたままで、口元には酸素機材。

細く白い左腕にはたくさんの点滴が。

心電図のピッピッという規則的な音。

 

 

 

 

ガラリと音を響かせて、エドワードを乗せた可動式ベッドは消えていく。

目の前の状況を受け入れられないかのように、

ロイ、ホークアイ、ハボックの3人は、その場から動けない。

 

 

 

 

 

生きている・・・・。

生きて・・・いる?

 

 

 

「・・・・マスタング准将ですね」

 

汗に濡れた手術着を取りながら、

医師は掠れた声で動けない様子の軍人に声をかけた。

 

 

 

「あの子は・・・・あの子の容態は」

 

立っているだけなのに、世界がまるで歪んでしまったのではないかと思うほど、

足下がぐら付いているとロイは思った。

立っているのがやっとなのだ。

 

 

荒くなる呼吸の切れ切れに、言葉を発す。

酷く喉が渇いて、声が上手く出せない。

 

 

 

「・・・・・・とても危険な状態です。

 けれど、私は諦めてはいない。

 そして、私以上にあの子は生きることを諦めてない。

 必死に・・・・生きていますよ。

 あなた方が、今、諦めるのは・・・・とても失礼です」

 

 

 

医者はそういう。

あの傷だらけの子どもの方向を見ながら。

まだ、諦めてはいけないと。

 

 

生きようとしているのだと。

 

 

 

 

 

君が生きようとしているのだと。

 

 

 

 

私は諦めてはいないよ。

ロイエド子