「・・・燃やす」

 

ぼそりと呟かれた低く怒号を込めたその声は、

確かに旦那の声で。

 

一体、どこから間違っていたのか。

うん。出かけたまでは、よかった。

 

 

久々の休日。

外は快晴。陽気はうららか。

忙しい父親は持ち帰りの仕事もなく、洗濯物も朝食の片付けもすんだ。

 

そうなれば、もちろんどこかに出かけようという話になるわけで。

 

「どこに行こうか?」

「ロゼッタ。マリアベル。どこか行きたいところはあるかい?」

 

いつもの赤いエプロンで濡れた手をパタパタと拭き、

リビングに行けば、テラスに駆け出そうとしている娘たちと、

読み終わった新聞をたたんでいるロイがいた。

 

「「お出かけするの?」」という姉妹のハミングを聞きながら

頬を緩めると、同じ顔をしたロイが見えて、また笑った。

 

 

あれこれと行きたい場所、したい事を羅列していく娘は、

段々と頬を赤くして、息も荒くなっていくので、

まぁまぁ落ち着きなさいとロイはロゼッタ、自分はマリアベルの背中を撫でた。

 

結局、姉妹ケンカが始まる前に「冬のコートがもう着れない」という事を思い出し、

冬本番を前に買って置きたいと、その提案をしてみる。

それはもちろん、娘のもので、自分とロイのものはまだ着れる。

子どもの成長とは早いものなのだ。

 

「では、買い物ついでにいろいろと見て、もし何かあればそこで遊ぼう」

「ねっ」と娘の顔を覗き、言い聞かせるロイに、

思案顔の二人だったが、それでも頷き、「「は〜い」」と元気に答えた。

 

 

軍の車でデパートを目指す訳にもいかず、

とりあえず、徒歩でその場所を目指す。

 

トテトテと進む娘の手をそれぞれに握ってやって、

横に並んで、まさしく家族!!という様子だと、自分も嬉しくなってみたりする。

 

 

 

うん。おかしくない。

間違ってなんていない。

 

この後・・・あぁ、バスに乗った・・・

これか。

これが間違いの原因か?

 

 

「あっパパ、マリーバスに乗りたい!!」

「あっロジーも!!」

 

それでもしばらく歩かなければ成らない距離だったから、

娘の可愛らしいお願いに頷いて、

四人でバスを待つことにした。

子どもに取ってみれば、公共の乗り物といえども遊びの延長にあるようで、

大きな車体が遠くから見えると、キャアキャアと嬉しがった。

 

 

いや、これも良かった。

娘の願いは可愛らしかったし、距離としてもバスに乗るのは

妥当だったかもしれない。

何より娘が喜んでいたのだから、間違いではない。

 

問題は。

 

 

「すっげぇ。・・・次まで、待つか?」

「・・・あぁ」

 

平日ではなく休日のバスは、すごい混在であった。

もちろん、座席は空いていないし、

吊革を持ちながら立っている人がわらわらといる。

中からも、「乗るんかい」という痛い視線が向けられている。

 

両親が諦めの言葉を言う横で、娘たちは駆け出した。

プシューと音を立てて開いたドアに近づいて、手招きをしている。

 

「早くっはやくぅ」

「いっちゃうよ!!パパ。ママ。」

 

顔を見合わせて苦笑するも、娘を止められないだろうことと、

次を待っても結局は後、12つ先のデパートを多くの人が目指しているだろうし、

混雑の解消は見込めないのかもしれない。

 

「行きますか・・・将軍」

「・・・あぁ」

 

ロイの顔からして、休日であろうとハボック中尉あたりを呼びつければよかったと

思っているのだろうことが予想されて、

からかう様にして背中をポンと叩き、混雑ひしめくバスに足を運んだ。

 

 

 

「だからっ!!なんであんな事すんだよ!!」

 

??何を言うのか分からないが、バスを降りれば急に妻に怒られた。

顔を真っ赤にして、怒るというより・・・なんか、照れてる??

 

そう言えば、バスの中でも様子がおかしかった。

ぎゅうぎゅうと狭いバスの車内で、娘たちが潰されてしまわないようにと、

お互いで小さな体を守るようにして壁を作っていた。

エディの背中に、自分の背中を当てるように立って、

私はマリアベルを包むようにして、エディはロゼッタを包むようにして

バスの中に乗り込んだ。

 

 

ひしめく車内は寒い外気とは違い、体温で生暖かく、

あまり気持ちのいい空間ではなかった。

しかし、父親とはすごいもので、

そんな中でも愛しい存在がいればどうもすごせる生き物らしい。

 

バスが左にカーブしたのか、車内が右に引っ張られたように歪んだ。

足を踏ん張り、マリアベルがこけてしまわないように耐える。

その時。

 

「ひゃう!!」

 

エディの声が聞こえた。

 

「大丈夫かい!?」

狭い車内で、マリアベルを包んだまま振り向く事が出来ず、

言葉だけで問う。

 

「っのやろ・・・大丈夫だよ!」

 

何かあったのだろうか?毒づく声も聞こえた気がするが、

とりあえず、大丈夫だったと判断する。

 

 

それから数分をかけて、目的地のデパートに到着すれば、

勢いよく人が流れて、半ば押し出されるようにしてバスの外に出た。

 

ふぅ。と息を吐き、マリアベルの髪がぼさぼさになってしまったので、

手ぐしでさっと直してやる。

きょろきょろと見回して、流された妻とロゼッタを探すと、

目前に顔を伏せている妻を見つける。

ロゼッタはこっちに気付いたのかブンブンと手を振っている。

 

「エディ?気分でも悪くなったのかい?」

ロゼッタの髪も同じように梳いてやっても、

顔を上げない妻に問いかける。

 

やはり、車をださせるべきだっただろうか・・・。

とりあえず、休ませて。

 

 

 

そう。間違いはこれ。

この男とあの男を間違えてしまったこと。

あのバスに乗ってしまったこと。

 

 

 

「あんなとこで、触るの無しだかんなっ!!」

 

まったく、信じられない。

娘の前で、しかも、ぎゅうぎゅうの車内で。

 

「何がだね」

 

(あぁ!!こいつとぼけてやがる!!!)

 

「とぼけるなよ!あんな所で・・・むっ胸触るなんて、ロイ以外にいないだろっ」

 

恥ずかしさに顔が赤くなる。

分かっていて、そんな事を言わすなんて更に始末が悪い。

声を出さないように耐えるのだって辛かったし、

何よりこけない様にしている足に力が入らなくなったらどうするのか。

 

どうせ、こいつはまたニヤニヤと笑うだけなのだろうが。

「あぁ、すまなかったね」なんて、平気で言ってくる・・・はず。

・・・・・。

 

あれっ?

言って・・・こない?

 

拗ねたようにして、ロイから顔を背けていたが、

全くの反応のなさに、逆に不安になる。

 

「あの・・・ロイ?」

 

見れば、いつもの憎たらしい笑顔ではなく、

 

・・・目が恐いんですが・・・。

 

ゴウゴウという音でも聞こえてきそうな気配に、

横にいたマリアベルがさっとこちらに駆け寄ってきた。

自分を盾にして隠れるように、きゅっと服を握って娘が後ずさる。

 

 

 

「・・・燃やす。」

「は?」

「誰の許可があって、私の妻の胸に触ったというのか」

 

「っと・・・ロイじゃなかったの・・・か?」

 

「!!!しかも私と間違えられただと!!!」

 

賑わいをみせるデパートの前で、吼える男が1人。

すかさず、発火布を自分の手に装着している。

 

「おっおい!止めろよ」

慌てて止めようとするも、ズンズンと進んでいく。

 

「燃やしてやろう。あぁ、燃やすとも。

 我が娘ならばいざ知らず、どこの馬の骨とも分からないものが、

 エディの胸を!!許せるか!!消し炭だ!!!」

 

 

 

あぁ、最悪だった。

 

その後、放火未遂事件にまで発達して、

デパートに司令部の面々が呼び出された。

もちろん、ロイを止めたのは腹心の部下であるホークアイ大尉。

的確に足払いをして、彼の思考を一時中断させる事に成功。

 

そのまま、ハボック中尉の運転で家に帰されて、

結局、買い物もなにも出来なかった。

 

「つまんない」と言う子どもたちにパンケーキを焼いてやると、

機嫌もだいぶ良くなったのに、

ロイが娘の態度を気にしたのか、「美味しそうだね」なんて、近寄るものだから、

「「パパ、きら〜い!!」」と見事に声を重ねて言い出した。

 

これまたロイは、可愛くて堪らない娘たちに嫌われた事を、

バスの痴漢男に責任転換し、「燃やしてやる」と騒ぎ出した。

 

ホークアイ大尉によって、すでに発火布が没収されていたために、

家でボヤ騒ぎが起きることはなかった。

 

 

 

 

その後、中央のバスは増便され、

女性・子ども専用車が配備されることがマスタング准将の提言により、決定された。

 

・・・痴漢の取り締まりが強化され、

もはや、そんな事件を取り扱う地位ではない准将であるロイ・マスタングが指揮官として、

痴漢容疑で逮捕された者に片っ端から得意の焔で制裁を加えていたのは、

司令部内だけの秘密である。

ロイエド子

火気厳禁