ドタバタドタ
廊下を軍支給の革のブーツが駆ける音が響く。
それは有事かテロか。
通り過ぎるそれなりに地位のある軍人の行く先は、
直属の上司が待つ執務室ではなく、
離れに近い位置にある軍の医務室らしかった。
「たっ大佐!!」
ドタバタと足音が響く中で、その目線の先に軍服の集団を見つける。
黒い頭をしているのが我が上司であり、実質的にこの東方司令部の実権を握る男。
「煩いぞ、ハボック。静かにしろっ!」
医務室の前で、人差し指を口元に近づけながら、
指摘され、足音を弱めるようにして歩を進めるが、しかし、早歩きで。
「大将が怪我したって本当なんスか?!」
大佐以外にも大方の軍人たちがその医務室前に集合しているような格好で、
金髪の副官殿の姿が見えないのは、中にいるかららしかった。
マスタング大佐はため息を一つ溢しながら、
あぁ、とダルそうに説明を加えてくれた。
大佐曰く、
街で窃盗犯と居合わせたエドワード・エルリックは当然のように犯人ともみ合いに。
その後、確保するまでは良かったものの、窃盗犯の「ちび」の発言に怒り、
練成をしようと振り返ったところ、足を出した所に段差があって、
勢いあまって踏み外し、転んだ時に頭をどこかに打ち付けてしまったらしい。
「あっ頭なんスか!!傷とか残ったりしてないんスよね!!」
「だから、お前は煩いと言っただろうが」
声を高く挙げれば、ゴツリと頭を叩かれてしまった。
しかし、問題はそんなことでは無く、その容態である。
「頭と言っても脳しんとう程度だし、傷も浅い。
今、中尉が軽く話をしているから、もう少し落ち着きなさい」
中尉が話をしている。
・・・そうだった。
彼・・・いや、彼女、エドワード・エルリックは性別を隠している。
最年少国家錬金術師として話題の豊富な彼女は、いつも噂の中心にいる。
だからこそ、その漏洩には最新の注意が必要なのだ。
さらには、その後見人である上司にもお咎めが回ってくる。
何よりも危険があるのは当事者である少女とその弟。
最悪な事態は常に隣り合わせなのだ。
「・・・まぁ、傷が残ったとしても名誉の勲章とでも考えたまえ。
男には傷の一つや二つあった方が見栄えがするというものだ」
医務室の前から離れるようにゆっくりと歩きだした上司は、
はっはっはと笑いながらぽんと肩を叩き、小さく耳打ちをする。
「小さく残るそうだ」と。
「何が」とは言わない。
この上司は知っている。
あの小さな少女が己の傷を省みないことを。
そして、あの深紅のコートで包み込んでしまっていることを。
知らせる訳にはいかない。
だから、女と扱う訳にはいかない。
でも。
彼女は女の子。
傷を残していい体だとは思えない。
キィと小さく音がして、中から中尉が出てくる。
目が合えば、少し苦笑を返した。
「・・・どうなんスか?」
「記憶障害は無いみたいだし、傷も・・・浅いわ。
でも少し疲れているみたいね。眠ってしまったわ」
ホークアイ中尉が押さえてくれている扉の中に、
するりと体を入り込ませれば、パタンと小さな音を再び立てて、
扉は閉まった。
静かな医務室に入ると、白いベッドの上が小さく盛り上がっている。
まったくもってその金色のコントラストには似合わない空間だと思う。
この金色には暖かな光りが良く似合う。
草の香りだとか、風のそよぐ音だとか。
家庭の暖炉だとか、コトコト音を立てる鍋の横だとか。
ベッドの横に回りこんで、その顔を覗き込む。
金色の髪に痛々しい真っ白な包帯が巻かれている。
額を切っているらしく、赤く滲み出したものがガーゼに染みている。
丸いイスを引きずってきて、その小さなイスに腰を下ろす。
丸まるようにして、ベッドの中にいる少女は常よりもさらに小さく見える。
こんな事を口にしてしまえば、怒るのだろうけれど。
サラリと髪を梳いてやれば、
三つ編みを解いた髪が軽くウェーブして指の中をすべり落ちていった。
同じ金色の髪なのに、まったく質の違う女性の髪。
「心配ばっかさせんなよ・・・」
残ってしまうと聞いたこの額の傷が、
この伸ばした腕で隠れてしまえばいいのに。
「なんてことないよ」なんて言いながら、
とても気にしやすい彼女のこと。
1人でなんて泣かないで欲しい。
見えないように目を瞑ってもそこにあるものは認めてしまう。
無いことになど出来ないものは、いつだって彼女を苦しめる。
この腕で守れればいいのに。
ずっと隠してやれればいいのに。