カラフルな甘い粒
「パパぁ〜何色が欲しいですかぁ」
にこりと笑顔で自分の横に立つのは、まだ幼い自分の娘。
母親譲りの美しい金色の髪と、自分の瞳と同色の黒を宿すその子どもは、
とても愛しく可愛い。
「これどうぞ」
最初に話しかけたのが長女のロゼッタで、丸い箱のケースを差し出したのは次女のマリアベル。
小さなぷくりとした手に乗っているのはお菓子の箱だ。
赤に黄色、深い緑に紫色。そして、本来の色のままの丸い粒。
カラカラと音を立ててそのケースを振り、まだ中にお菓子がある事を知らせる。
「チョコレートかい?」
そうだよぉとにこりと笑って、2人は何色がいい?と聞いてくる。
細く円形の形をしているケースの中には、小さなチョコレートの粒が入っている。
それは何度か食べた事のあるお菓子で、
1つずつに色があり、味は違わないとはいってもそれが楽しくあるのだろう。
「何色をくれるんだい?」
「パパは何色が好き?」
「お前たちがくれるものなら何でも好きさ」
腕の中に2人を抱き込んで、座っていたソファーの上に引きずるようにして上げる。
その腕の中の重さに、もう随分と大きくなっていた事を知る。
あぁ、子どもとはこんなに成長がはやいものなのだろうか。
抱き上げられた事が楽しかったのか、腕の中で娘は笑っていて、
はしゃぐその腕の箱からは、カラカラとチョコレートの粒が揺れる音が響く。
「マリーは何色がいい?」
「ロジーはどう思う?」
パパは少し目を瞑っていてね、と娘に言われ、そのままに目を閉じる。
まったく、自分はすでに軍部内では少将という地位にいて、
自分に命を下すなんて余程の地位の者だけだというのに。
それでも、言われたままにゆっくりと瞳を閉じると、きっと確認の為に顔の前で手を振っていたのだろう、
ハタハタと小さな手が動く気配を感じて、頬が緩むように思えて。
こんな可愛いお願いなら、いくらでも叶えてあげたいと思って。
それはとても心が暖かくなる。
目の前で姉妹は父親の為にチョコレートの色を真剣に話し合った。
もしかして、そのチョコレートの中に、
父親がいつも着て出かけているあの空のように綺麗な青い色があったなら、
子どもたちはそんなにも悩む事がなかったかも知れないのだけれど、
手の中にある細長いケースの中身を全て出したとしても、そのチョコレートには無い色だった。
「これがいい!!」
話し合いの後で、マリアベルが大きな声でそう言った。
「そうだね!!この色ならきっとパパは喜ぶね!!!」
続いた声はロゼッタのもので、どうやら大賛成のようだ。
娘たちの声はとてもよく似ているけれど、
深い愛情と過ごしてきた年月のお陰で、ロイはそれを聞き分けることができた。
そして、もし2人の話し合いが決別したらどうしようかと思っていた心を、
ほっと撫で下ろすこともできたのだった。
「「パパどうぞ」」
それは、目を開けても良いという合図とともに、チョコレートを差し出す声だった。
娘の声に導かれて、ロイは閉じた時と同様にゆっくりとその黒い瞳を開けた。
「パパこの色好きでしょ?」
「ママの色だもんね」
にこにこ笑う娘の掌には、黄色いチョコレートの粒が1つあった。
「ママの色?」
娘の掌から、小さなチョコレートを貰って、
親指と人差し指で摘む。
コロリと小さなそれをライトに照らせば、光沢とともにキラキラと光った。
赤と黒を纏っていた金色の子どもは、
赤と黒を脱ぎ去って金色だけを手に入れた。
それは、祝福にも似た色だと思う。
夏の太陽の光りや夜闇の月明かり。
野に咲き乱れる花の色や甘い蜜の色。
懺悔や後悔の色を彼女は内に捨てず秘めているのだろうけれど、
それでも娘たちは「ママの色」と黄色いチョコレートを渡す。
「そうだね・・・・ママの色だ。
そして、ロゼッタとマリアベルの色だね」
ポイと黄色のチョコレートを口に含めば、
それは甘く溶け出し、まるで極上の蜂蜜を舐めたかのようだ。
横に座って「おいしい?」と聞いてくる娘を腕に引き込んで、
「美味しいよ、ありがとう」と妻の色と同じ娘の髪にキスを贈る。
「じゃあ、ママには黒いチョコレートをあげないとね」
「パパの色だから!!」
くすぐったそうに笑いながら、娘はチョコレートのケースを振って、
カラリと音を立てながら、その計画を話した。
「ロジーとマリーは?」
ふと問いかけに2人はきょとりとした後で、ふわりと笑い、
「だって、マリーと私は、パパの色もママの色も2つとも持っているから」
「ママの髪とパパの瞳を持っているもの」
と言った。
黄色はママの色だから、パパにあげると娘は言い、
黒色はパパの色だから、ママにあげると娘は言い、
私はそのどちらも受け継いでいるから、と娘は笑う。
堪らなく可愛く愛しい娘。
その後、その経緯を聞いたエドワードは、
驚いたような表情をしたけれど、やはりロイと同じように嬉しそうに微笑んで、
「ありがとう」と小さなチョコレートを受け取った。
そんな光景を「家族っていいなぁ」と悦に入った表情で見続けていたロイであったが。
「お前たちが大切な色を見つけるのはいつだろうな」
と言ったエドワードの声を聞いて、ロイは一瞬凍りつき、
「黒いチョコレート以外は禁止だぁ!!!」
と言い出して、妻は呆れたため息をついた。