東方の市街地にある総合病院は、それなりの規模にそれなりの設備と

お年寄りから子どもまでをきちんと診ることのできる病院として利用されていた。

 

しかし、なぜか歳若い男女の患者が他の病院と比べて

群を抜いて多いことは暗黙の了解と言うべきことではあった。

 

 

「あっあの・・・胸が痛いのです・・・」

 

「それはいけない。しかし、これを治す薬を見つけることは至難の業。

 けれど、貴女の様な美しい人で良かった。

 この恋の病を私が治して差し上げることができそうです。」

 

清潔な診察室に似合わない会話が繰り替えされる。

女性は瞳を潤ませ顔を赤く染めて、何食わぬ顔をする医師を見つめている。

 

 

それでは、胸の音を聞かせてくださいねと

これまた極上の笑顔を見せた医師が、聴診器を持ち

女性の服に手を伸ばしたところで、硬いカルテの束がぶつけられた。

 

ドガっと盛大な音を立てて、

今までの甘い空気など一瞬にして飛散させてしまった。

 

「マスタング先生。そのような真似は必要ありませんでしょう」

 

「これは、医療行為だ!」

 

「ならば、そのにやけた顔を戻してからどうぞ。

 お薬は必要ありませんので、待合室にお戻りください。」

 

不逞の医師はロイ・マスタング。

その医療技術は最高峰のもので、権威ある国家資格を有している。

しかし、生来の性格と整った顔立ちから

一般診察をかってでるという変わり者医師でもあった。

そのために、今やこの病院は若い女性の診察希望者が続出中である。

 

間一髪というところで診察室に入ってきたのは

金色の髪をアップにまとめて、ナース服の上に黒いカーディガンを羽織った

白衣の天使と呼ばれるホークアイ婦長。

その美しい佇まいと、時折見せる優しい笑顔に魅せられた者は多く、

男性患者率上昇のきっかけとなっていた。

 

しかし、ロイにしてみれば、

ホークアイを美人とは認めるが、

どこからか自分の行動を監視している印象しか持ちえなかった。

 

 

そうして、そそくさと診察室を出て行く

口説きに失敗した患者兼今日のお相手候補を

ホークアイの監視の下、虚しく送り出すほかなかった。

 

 

 

「よ〜ロイ!!またリザちゃんに釘刺されたんだって」

 

午前の診察を終えたところで中庭に出ていたら、

ニヤニヤ顔の雇い主が現れた。

 

「ヒューズ・・・」

 

「おいおい、嫌な顔してるんじゃないよ。

 俺のことは、ヒューズ院長様か、マース坊ちゃん、とか呼んでみろよ。

 言いたいなら、ご主人様とかでもいいぞ」

 

許可もなく、横に座ってそんな軽口を叩いてくる。

彼、マース・ヒューズはここの総合病院の院長職にある同期の医師だ。

理由あって、彼の病院で雇われることになったのはいいが、

どうもやり辛い。

 

昨年までは自由気ままに医療行為(一部違うが・・・)を行っていたのだが

リザ・ホークアイ婦長が私の担当する第一外科に配属されてから

どうも監視の手が強くなったように思う。

人事を担当しているこの男の差し金かと思えは、

反応も厳しくなるというものだ。

 

どこかに私好みの女性はいないだろうか。

医師になった目的の大半が失われていくのを感じてしまう。

 

美しい患者が弱っているところを

自分の腕で助け出し、あわよくば・・・。

可愛らしいナースに「先生・・・」などと

熱っぽく誘われてみたり・・・。

 

 

現実はそう甘くないのか、どうにもカルテの角ばかりが

自分の頭を直撃してくる。

 

「お前、まだこんなとこに居ていいのか?

 今日は、第一外科に新規配属の日だろ。お前一応外科部長なんだから。

 それとも、リザちゃんに怒られたいのか?」

 

時計をヒラつかせて、そんなことを言い出す旧友の言葉に

意識を妄想から引き上げる。

 

これではまたカルテの餌食だ。

あの婦長は遠慮なく自分の頭を殴るのだから。

 

今度、CT検査を依頼しておこうと本気で思う。

 

 

 

「廊下は走らない!!」

 

中庭から慌てて第一外科控え室に飛び込めば、

想像通りの出迎えが待っていた。

 

カルテは勢いよく、自分の頭に飛んできた。

バシンと角ではなく、平面だっただけましだろうか。

 

それでも痛いと少々大げさに地面に屈んでみせる。

まったく、病院内で怪我をするなんて由々しき事態だと思うのは

私だけなのだろうか。

 

しかも、ここにはナースを始め医療関係者がいるというのに、

誰も私を気遣わないとは悲しい限りだ・・・。

 

痛みだけが原因ではない涙がにじみそうになっていると、

自分の頭にふわりとした感触が伝わってくる。

 

それは、あのカルテのような硬いものではなく、

本当に柔らかく・・・。

 

驚いて、目を開けると、屈んだ自分の前に

白いナース服が見える。

そちらも屈んでいるようで、短めの裾から白い足が覗いている。

 

「大丈夫・・・ですか?」

 

鈴のように愛らしい声は、

どう間違ってもホークアイ婦長のものではなく。

 

下から見上げるようにしてその人の顔を覗く。

 

 

固まった。

 

 

本当に天使がそこにいた。








 

 

真っ白の穢れなきナース服に身を包み、

金色の髪と金色の瞳は蜂蜜を溶かし込んだような美しい色をしていて、

整った顔立ちには可愛らしい唇があり、心配そうにその顔を向けている。

 

押し倒したい衝動に駆られるが、

どうにか留まった自分の理性を褒めてやりたい。

 

何より、彼女のことを聞くことが先決だろう。

 

「君は?」

「こちらで働くことになりました、エドワード・エルリックです。

 よろしくお願いします。マスタング先生。」

 

 

来た。

ナースの夢はまだ続いていたではないか。

そうだ。

なにも全てのナースがホークアイ婦長のようであるはずがない。

このように可憐なナースが私のもとで・・・。

 

「離れて、エドちゃん」

 

再び妄想の世界に沈みそうになっていると、

エドワードと自分の間に入り込むようにして、カルテを振り上げる

ホークアイに気が付いた。

 

「リザさん?」

「マスタング先生、エドちゃんを使って変な妄想をするのはお止めください。

 せっかくの妄想ですが、これからエドちゃんの指導をしていくのは

 先生ではなく、私ですので、その辺お間違えのないよう。」

 

まるで、エドワードをかばう様にして、立ちはだかる婦長に

一抹の不安はあるものの、

それまた面白い。

 

私とて、今更、はいそうですか。と引き下がれるような状況ではない。

理想とも言える白衣の天使に出会えたのだ。

 

(必ず、ものにしてやる。)

 

 

目の前で繰り広げられる一触即発の空気に

周りの医療関係者が失神しかけるなか、

当事者のエドワードだけが、のほほんとしている。

 

(リザさんもマスタング先生も良い人そうで良かった。)

 

 

そうして、何も分からないエドワードを巡る

白衣の天使争奪戦が繰り広げられていくのだった。

凶器なカルテにご注意を
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