「・・・エディ?」
あぁ・・・起きなきゃ。
ロイが帰ってきたんだ。もうそんな時間。
カタリと音を立てた寝室のドアがそろりと開く。
小さく夫が呼ぶ声が聞こえて、その帰宅を知る。
娘を授かってしばらくは故郷から幼馴染が来てくれていて、
いろいろと手伝ってくれていたのだが、今は故郷に帰っていた。
慣れない家事と新たな毎日を繰り返し成長していく娘。
長い間旅をしていたので体力はあると思っていたのに、
その生活は自分に疲労を蓄積させた。
それは苦痛を伴うものではなかったが。
もう少ししたら娘が起きるだろう。
寝室のベッドの横に置かれた木製のベビーベッド。
その中には暖かな寝具に包まれた可愛らしい娘がいる。
晩ご飯を作り終えたところで、機嫌よく眠ってくれたので、
リビングのベッドに寝かそうかと思いながら、腕の中の暖かいその体温に、
あぁ自分もと。
その幼い寝息に誘われるように寝室に来た。
ロイが帰ってきた。
娘ももうすぐ目を覚ます。
ミルクをあげて、おしめを替えてあげなきゃ。
・・・なのに布団が気持ちよくて。
頬にあたる木綿の感触に包まれていたい。
作った食事を暖めて、夫が食べている間におしめを洗おう。
ミルクをあげて、他愛のない話をしよう。
目を開いて、軍服のまま寝室に着ているのだろう夫に「おかえり」と。
瞼の上にキスを貰って、頬にキスを返そう。
カタリ。
キシリ。
夫の気配が強くなる。
どうやらベッドの縁に腰掛けているらしい。
暖かい空気。
はやくその瞳が見たいと思うのに、瞼は未だ重いまま。
「エディ・・・」
少しだけ冷たい夫の手が気遣いながら額に触れる。
静かなその動きがとてもくすぐったいのだけれど、どうにか震える肩を耐える。
スルリと持ち上げられる前髪の感覚に触れる夫の手。
「いつもご苦労さま・・・ありがとう」
まるで幼子にでもするように、とても優しく手は動く。
頭をよしよしと撫でられて、囁く声は穏やかで。
なんだろう。
たまらなく泣きそうになる。
あぁ、もうこの人は。
どうしてこんなに唐突にこんな気持ちをくれるのか。
夫には恥ずかしくなるような愛の言葉とか、
口の端を上げて意地悪く言われる言葉とか、
ふいにハッとするような正す言葉とか、
たくさんの言葉を貰ってきたというのに。
一緒に暮らすその前から。
いつもいつも彼の言葉と共にいたけれど。
こんな、もしかしたらいつもの玄関だったり、
夕食をつくっているキッチンだったり、
そんな当たり前の中に埋もれてしまうかも知れないような言葉を、
寝ぼけているのに、
眠っているその時に、
まるで見返りなんて必要ないと言うように、
言うものだから。
だから、堪らなく泣きそうになるじゃないか。
あと少しで、ミルクをねだる娘の泣き声が聞こえるのに。
あと少しだけ、この暖かな手に見返りない優しさの中で、
まどろんでいたいと思う。
なんて幸せな日常なのだろう。