「大佐・・・どうしたんっスか?」

 

バサバサとすごい勢いで書類の山が消えていく光景は、

なかなか見られるものではない。

しかもそれらは、およそ3日分の書類の山なわけで、

明日出来ることは今日しないが信条の上司にとって天変地異よりも稀なこと。

 

「いつもこうだと良いのだけれど、理由は一つしかないでしょう」

 

上司の職務怠慢にいつも頭を痛めている副官殿は

ため息というよりも呆れているように見えるが、その理由を知っているようだ。

 

そう言われてみて、カレンダーに目をやれば日付に赤く○が付けられている日がある。

月ごとに捲るカレンダーではなく、一年間の予定が一目で見て取れる様式のもので、

過去の月々のものも一緒に貼られている。

 

最後に○が付けられているのは、今日から数えて一ヶ月ほど前のこと、

その印が何であるかなど、この上司の部下であれば嫌と言うほど知っていることで。

大体同じようなサイクルでここに戻ってくる二人を思い出させる。

 

「あ〜っと、大将から連絡でもあったんスか?」

「えぇ、今日の午後にはこちらの駅に着く予定らしいわ」

 

全てに合点がいく。

この上司、ロイ・マスタングには14も年下の恋人がいる。

半ば無理やりといったアプローチでその場所を逆転ホームランのごとく勝ち取った時の顔は

幸せそうというか何と言うか。

とろけんばかりであったことを記憶している。

 

出会った頃は少年という出で立ちで、言葉使いも良いものではなかった少女は、

見るたびに可愛らしく、美しくなっていったから

それはこの上司のお陰なのかもしれない。

 

今では、妹のように思っているエドワードを

こんなロクデナシにやることにいささか不安もあるにはあるが、

女性関係の噂が絶えなかった以前には考えられないようにキッパリと遊びを止め、

こうしてエドワードの来訪を心待ちにしている姿を見れば、

応援したくもなるというもの。

 

 

 

「・・・大佐・・・いる?」

 

控えめに開かれたドアを見れば、

顔を半分覗かせる愛しい人がいる。

 

その金色の髪も、同色の瞳もずっと望んでいたもので、

すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られてしまう。

 

革張りの椅子を倒さんという勢いで立ち上がろうとすれば、

額に冷たい感触が押し当てられた。

 

「っ・・・中尉。」

「まだ書類は終わっていません。エドワード君との休暇をお望みでしたら

 こちらの山を片付けて頂きたいのですが。」

「分かっているとも!」

 

そんなことを言われなくとも分かってはいるのだが、

目の前にいる恋人を抱きしめなくてなにが男か。

じとっと目を見るも、中尉は涼しい顔でエドワードを部屋に招き入れる。

 

「こんにちはエドワード君。」

「こんにちは、中尉。っと大佐はまだ仕事が残ってるんだ・・・」

 

「ちっちがうんだよ、エディ!!これは3日分の書類であって、

今日のノルマは完全に終わっているのだよ。

もう少しすれば、明日は休暇も取れるから。」

 

久しぶりに会った恋人に無能だと思われるのは耐えられない。

以前、連絡なく現れた恋人との逢瀬をこの書類によって引き裂かれた

苦い経験がある。

それからは、戻ってくる時には連絡しなさいとの言葉通りに連絡をくれるものの、

出来ればもう少し早くして欲しいと心の底から思う。

 

「そっか。じゃあ、明日は一緒にいられるんだな」

 

目を奪われる。

えへへと顔を赤らめて、照れたように笑うその姿は

もう、何と言うか・・・べらぼうに可愛い。

 

ロマンチックな告白でもなく、

計画も何もなかったような思いの告げ方だったけれど、

それでも恋人になれて本当によかったと思う。

 

こんなに可愛らしい笑顔を独り占めできる、なんと幸せなことか。

そう・・・独り占め・・・。

 

ガバリと横を見れば、ハボックが赤い顔をしてエドワードを見ていた。

それはもう締りの無い顔で。

 

沸々と怒りが込み上げる。

自分がどんなに苦労をしてこの地位を獲得したと思っているのか。

ましてや、こんなに可愛い顔をしたエディを自分以外が見るのは耐えられない。

 

「ハボック・・・いつまで人の恋人を見ているつもりだね・・・」

 

出来る限り低い声で言いながら、発火布の手のひらを見せ付ける。

すでに消し炭は決定だ。

ガタガタと青い顔になるも、そんなことで怒りが収まるはずもない。

 

ギャーという情けない叫び声とともに邪魔者は消えた。

さすがと言うか、中尉はすでにこの部屋から出ていたのだろう、

室内には2人しかいない。

 

 

「なっなにしてんだよ。」

ハボックの出て行った方向を見ながら心配そうな顔を向ける。

そして、振り返れば少し怒ったように頬を膨らませるが、

そんな姿も可愛くてしかたがない。

 

丈夫に作られたデスクを離れて、

愛しい人の腕を引く。

 

小さい(言えば怒るのだが)体をそのまま胸に預けてしまえば、

すっぽりと腕の中に納まってしまう。

 

出来るならば、このまま閉じ込めてしまいたい。

この子は本当に無邪気で純粋だから、自分以外にも素の顔を見せる。

それだけでどれほどの者が心を奪われているのか分からないのだ。

心配でならない。

 

この世の汚いもの、醜いものから遠ざけて、

綺麗で暖かいものだけを見せていたい。

そうして、自分の横に居てくれたなら、どれだけ幸せだろうか。

 

しかし、この愛しい人はそれを良しとしない。

出会ったきっかけすら、罪の切れ端で。

ここに居る理由も平坦ではない道の途中に彼女が居るからだ。

 

それが、彼女をさらに輝かせているのだろうか。

罪を背負い、その瞳で前を睨む。

泥の中を立ち上がっていながら、純粋さを忘れない。

 

あぁ、どうして惹かれずにいられようか。

どうして、愛しく思わずにいられようか。

 

 

「どうしたの?」

 

自分の腕の中から見上げるようにして自分を見つめている。

その顔は少し怯えたようにも映る。

 

「大丈夫だよ。

何、君の可愛らしい顔を他の者に見られるのが我慢ならなかった」

安心させるように肩を撫でて、

目線を合わせれば、ボンっと顔を赤くした。

 

閉じ込めてしまいたいけれど、

自分は貴女を愛しているから。

 

進む先を制限するような愛し方はしないから。

 

どうか、戻る場所はこの場所に。

そうでなくては、全てを燃やしてしまうかもしれない。

 

 

「今日はっ・・・そのっ」

 

赤い顔を隠すように自分の首に押し当てる。

耳元でくすぐったく、鈴の音のような声がする。

 

「なに?」

 

焦らすような言葉を促すように腰の手を強くして、

体をさらに近づける。

 

「あっアルに、今日は帰らないって・・・言ってるから」

 

耳まで真っ赤にして、「あぅ」と恥ずかしそうにしているのは

恋愛初心者の可愛い恋人。

 

どうして、こんなにも自分を幸せにするのが上手いのだろうか。

こんなにも愛しく思える存在がいていいのだろうか。

 

エドワードを腕に座らせるようにして抱き抱えると、

バランスを崩しそうになって首に腕を回した。

驚いた表情の顔はそれでもまだ赤くなっていて、

キョトンとした金色の瞳を見つめる。

 

「あぁ、今日は私の家においで。いちゃいちゃしよう。お姫様」

 

赤い顔のまま、ほころんだように笑ってくれて、

「うん。いちゃいちゃしよう。」

 

 

 

 

大好きも、愛しいも、愛してるも。

どんな暖かい言葉も、全て貴女に繋がっている。

 

この世のどんな美しいものを秤にかけようと、

自分は決して揺らがないものを見つけた。

 

太陽のまぶしさよりも彩やかで、

春の香りよりも芳しい。

 

宝石の光よりも美しくて、

鈴の音よりも心地よい。

 

大切な恋人に全てを。

貴女に全てを捧げても、自分は貴女に満たされる。

ロイエド子
恋人