高校野球
「どうして君が選手よりも泣いているんだろうね」
それはゲームセットのサイレンが鳴って、
一瞬の静寂の後におきた大声援がまるで地響きのように聞えて、
頭が熱くて真っ白になった瞬間。
握り締めた腕が固まって動かなかった。
立ち上がっていたロイは、ゆっくり1つだけ息を吐くと、
帽子を深く被り直した後に、パンパンと手を叩いた。
だって本当に一瞬のことだったから。
目の前の夢がもう少しというところですり抜ける瞬間を見てしまった。
呆然として立っていた横の選手がうっと詰まった嗚咽を溢したことで、
「あぁ負けてしまったのだ」と理解した。
スタンドからはまるでフェンスを乗り越えんばかりの声援が響き、
勝つことの出来なかった選手にそれぞれ言葉を投げかけている。
「お疲れさま」「よく頑張った」「ありがとう」
耳に音として流れていた声はこの後テレビ放送を見直すことで、
やっと理解できた単語であった。
前評判通りの堅い守りをするチームであったと、
エドは自分が付けていたスコアブックを見てまるで第三者のようなことを思った。
ヒットの数だって負けていない(だからこそのこの接戦だったけれど)奪三振の数も、
何かが足りていなかったと言うなら、教えて欲しい。
自分たちはその何かを必死に探し今日まで練習してきたのだ。
「ほら、選手が帰ってくる。
中央高校野球部のマネージャーがそんな泣き顔でどうするんだい?」
エドはしゅんと鼻を啜ってから、汗を拭うために用意していたハンドタオルで涙を抑えた。
「さぁ、迎えてやろう。彼らは自分の持てる力全てと、
成長できる全てで戦ったのだから。何を恥じることがあるだろう。
今は及ばなくてもいい。彼らは他に代えることの出来ないものを得たのだから」
何度も見上げた空に伸びていく入道雲。
彼らは人智を尽くしたはずだ。
でなければあんな涙を流す事ができるだろうか。
「俺があいつら迎えていいんだな・・・っく」
泣き出したことで生じたしゃっくりのままで、ロイに話かける。
くしゃりと髪を撫でられたと思ったら、苦笑して告げられた。
「・・・今日までだ。明日からは私専属だからね」
まったく意地っ張りな監督さん。
「負けました〜」と日焼けした顔をくしゃくしゃにして帰ってきた生徒を、
監督は、「よくやったよ」と迎え入れた。
どさくさに紛れてマネージャーに抱きつき泣き始めた選手を監督がポカッと殴ったのは、
夏の敗戦の痛みとともに。