文字の羅列と数字の羅列。
それらが示すのは旧友の名残。
「どーすっかなぁ・・・」
羽の付いたペンをクルクルと回し、
ため息混じりに頬杖を付きながら黒い机に座っていた。
そこは自宅の書斎であり、大半の役割は夫の仕事机。
しかし、今は主の最愛の妻がそのイスに体を預けていた。
革張りの高級そうなイスは、妻の重さをゆっくりと受け止め、
つややかな色合いをして存在していた。
同じく黒い木目の台の上には、広く用紙があり、
その上には何やら書かれているらしい。
「何をしているんだい?」
たまの休日であるのに、妻は書斎に篭ったまま出てこない。
気になる文献でもあったのだろうかとその部屋を覗くも、
妻の独り言が聞こえてきた。
1度集中すると外の音を排してしまう妻であるが、
革張りのイスをクルリと回して、
羽ペンを持ったままでこちらに向き直った。
「連絡・・・どうしようかと思って」
バサリと広げられたその用紙には、妻の文字ではないそれで、
名前と住所らしいものが刻まれていた。
「なんだい?これは・・・」
そっと手にとって見てみるも、暗号などではないらしく、
まったくもって意味が分からない。
第一、暗号ならば妻のお得意とするところだろう。
ますます意味が分からない。
「・・・同窓会の幹事なんだよ」
「同窓会?」
その言葉を聞いてから再び用紙に目を落とすと、
なるほどそれならば説明がつく。
照れたように笑う妻に微笑ましさが込み上げる。
アルファベット順に示された名前と、その住所。
それらは妻の同級生の名簿なのだろう。
「ならば、何を悩んでいたのだい?」
手元に用紙を返しながら、
妻の金色の双眸にキスを贈る。
くすぐったそうに首をひねるが、嫌がった様子ではない。
その顔を覗き込んで、一呼吸置くと、妻はため息に似た息をついた。
「連絡の付けようがないんだよ」
妻は盛大に眉を寄せて苦々しい顔をして見せた。
妻が言うには、
どうせ狭いリゼンブールの同窓会。
幹事を引き受けるも容易く考えていたらしい。
場所はもちろんリゼンブールの集会所。
料理などは地元のウインリィ嬢に用意を依頼して、
なんだかんだと準備を進めた。
日時が差し迫ってきた為に、さぁ、同級生に連絡を・・・。
と思って住所を確認してみれば。
あら、まぁ大変。
大人になった旧友たちは大方がリゼンブールを後にして、
それぞれの仕事先とする都会へと足を運んだ後だった。
そうして、どうにか探し出した住所録がこの用紙らしい。
「電話はどうだい?」
「・・・無いヤツの方が多い・・・」
「手紙で知らせればよいではないか」
「・・・一週間後なんだ・・・同窓会」
中央に居を構えているとしても、そこからの距離は遠いようで、
果てはシン国などという者までいる。
恐るべきリゼンブールの旧友たち。
連絡を取った者もいるので、今更日時の変更は難しい。
かと言って連絡できなかったので、欠席ではエドワードの信用問題である。
最年少国家錬金術師であり、いまや軍将校の妻で2人の子持ちとなれば、
引き下がる訳にはいかない・・・。
(だったらもう少し早くから連絡を。)
「だぁぁ!!どうしよう!!!」
羽ペンは飛んでいってしまうのではないかと思うほど
クルクルと回され、妻の頭の中を物語るかのようだ。
「エディ・・・住所録を貸してごらん」
右手を差し出しながら、そう問いかける。
混乱の中にいた妻は、きょとんとした顔をして、
横にいる自分の顔を見た。
「どうするんだ?」
「私が誰かを忘れてもらっては困るね」
チンと音を立てて、書斎に備えていた電話の受話器を上げる。
書斎といっても仕事部屋。
有事に備えて、その電話は直通で司令部にかかる様になっている。
「あぁ、私だ。ホークアイ大尉はいるかね。
・・・すまないが、仕事を一つ頼みたいのだが。
今から言う地方の司令部に電報を届けるように頼めるかね。
・・・そうだ。
内容は・・・・・・・で頼む。あぁ。
埋め合わせは明日からの私の仕事振りで支払うとしよう。
では、頼んだよ」
再びチンと音を立てて、受話器は元の位置に納まった。
「これで、明日には全員に通知が届くだろう?」
これ以上ない笑顔を浮かべて、
革張りのイスから妻を抱き上げる。
唖然としたままの妻にキスを贈り、
書斎を後にした。
せっかく一緒にいられるというのに、時間がもったいない。
軍の力でどうにかなるのならば惜しくはないと思う。
それよりも妻を独り占めする方が重要だ。