彼は今までに無い程に強く抱きしめて、

一言「すまない」と言った。

それはとても震えた声で、掠れていたけれど。

 

 

考えられる手は全て試した結果であった。

あの欲しい物を手に入れる為ならば、どんな手段も厭わないのだと豪語した彼は、

その全てを実行した後に打ちひしがれていた。

 

 

 

 

彼の元に舞い込んで来たのはよく見慣れた分厚い写真ケース。

羊皮紙の豪華な金押しの物で、その中身を見ずとも内容を知ることができた。

煌びやかな衣装を纏った女性は、品良く微笑んでいる。

もう、誰が見ようとそれはお見合い写真だった。

 

 

若き司令官、出世株の第一人者のように言われ続けた男だから、

当然のようにそんな申し出は過去に幾つも存在していた。

時には写真だけで申し込みを断り、時には見合い会場に出向いてやんわりと断りを述べた。

 

この先を共に歩いていく人物を見定めるのは容易な事ではない。

男が目指しているのは、この国の頂点であり、その実権に他ならない。

容姿端麗はもちろんの事、ただの飾りではないその博識が必要になるのだった。

良家のお嬢様方はそれぞれに美しさと、場に合わせた所作を身に着けてはいたが、

国家錬金術師でもある男の頭脳と対等に話の出来る女性というのは見つかるほうが稀であるのだろう。

 

第一、そのような場所で、男の心を射るような人物が現れる事が無いと言うことを、

腹心の部下たちはよく知っていた。

求める女性を男はすでに見つけてしまっているのだから。

 

 

何に対しても冷めた印象を与えていた男が、

彼の二つ名通りに焔を宿して求めた女性は一回り以上年の離れた幼い少女であった。

 

しかし、それでも彼を何故男は彼女に惹きつけられたのかなどと考えるものはいなかった。

 

その少女の魅力は、知ってなお余りあるもので、

部下の者たちは当然の如くにそれを受け入れてしまったからであった。

 

輝く金色の髪と同色の稀な瞳。

口の悪さには愛らしさを込めて、驚くべきはその頭脳。

記憶力と集中力によって形成されている彼女の知識は高く、

またそれを過信する事無くひたむきである姿勢は好ましい。

長年軍に所属している部下の誰よりも、男の話し相手になれる存在であった。

 

互いに高い能力故に、孤独でもあった両者は、

双方の知識と展開を飽く事無く話し、認め合っていった。

 

 

不器用な2人が、それでも互いの思いを高め、愛し合っていた事を、

部下と彼女のただ一人の家族である弟は、少しの寂しさと共に祝福していた。

 

まるで春の夜のようなのだ。

暖かく綺麗な月明かりの下で、満開の桜を愛でるような爽やかさ。

誰もが頬を緩めずにはいられないそんな風景。

あの男の黒い瞳は月の明かりのような金色を宿して、

緩やかに微笑む。

 

満ち足りたその様子が、こそばゆくそして嬉しい。

 

 

 

肌に心地よい木綿の感触を楽しみながら、布団に包まって笑った。

くすくすと触れる機械鎧も人肌に温まっている。

スルリと交じり合った金と黒の二色の髪は、縺れる事無くグレーの枕カバーに散っていた。

 

(永遠を願うのは、こんな時かも知れない)

男は、愛しい肌を抱きしめながら、そっと思った。

軍からの褒章でも、階級証でもなく、手に入れたいのはこの愛しい存在で、

願いを1つと言われれば、自分はこの永遠を願うだろうと。

 

取り留めのない時間というものは、とても穏やかに過ぎていた。

そう、穏やかに緩やかに。

それでも確実に、時間は過ぎていたのだ。

 

 

 

見合いがあれば当然のように断っていた男であった。

愛しい少女と出会うまでは、漠然と結婚に縛られる事を良しとしなかったからであり、

伴侶にと願う存在が出来てからは、明確な意思の下で断っていた。

 

共に歩いていく存在を彼女以外に思いもしなかった。

 

 

それでも、彼の目指してきたモノは残酷で、

がむしゃらに走ってきた結果の立場だというにも関わらず、

飼い犬に手を噛まれるが如く裏切られた心境であった。

 

地位は自分を裏切らない等と考えていた浅はかな自分に後悔した。

 

 

送られてきた豪華な一冊のお見合い写真。

送付先は自分の上官であり、断ることが容易にできる存在ではない事を示している。

 

 

天秤が揺れる。

分銅の重さに平等に。

そこに想いを込めることが出来るのならば、自分はもっと純粋に生きられるだろうに。

 

 

 

 

ロイはエドワードを抱きしめた。

いい訳など欲しいはずが無いだろう愛しい恋人を抱きしめた。

この力で想いが伝わるならば、どんなにいいだろう。

 

確かに願った永遠は、エドワードとの未来だったというのに。

自分がしがみついてきたこの場所から、離れることは出来ない。

 

あぁ、軍よりも君が大事だなどと言ったこの口で、

君への別れを告げる。

 

あぁ、君を抱きしめて愛を囁いた所作で、

君に別れの抱擁をする。

 

どんなに滑稽な愛仕方をしているのだろう。

どれだけ君を傷つけているのだろう。

 

 

 

 

 

 

彼は今までに無い程に強く抱きしめて、

一言「すまない」と言った。

それはとても震えた声で、掠れていたけれど。

 

 

考えられる手は全て試した結果であった。

あの欲しい物を手に入れる為ならば、どんな手段も厭わないのだと豪語した彼は、

その全てを実行した後に打ちひしがれていた。

 

 

あぁ、なんて酷い男。

別れる時にこんなに強く抱きしめるなんて。

今までどうやって後腐れなく、女性と別れて来たのだろうかと心配してしまう。

 

こんな振り方酷い。

まるで、ずっと愛していると囁かれているようなものだ。

 

 

なんて残酷なひと。

それでも。

こんな残酷な愛仕方をする男を愛してしまったのは愚かな私。

 

 

私は貴方を捨てる。

 

一度だけ、抱きしめた後。

振り向きもせずにこの部屋を出て、門を潜って。

 

小さく貴方に「さよなら」と告げる。

 

ロイエド子

枕に散った色を知る