フワフワのレース
ピンク色のサテンのリボン
上品で艶やかなシルクの生地
編み上げのブラウンのブーツ
暖かな色をしたダッフルコート
太い毛糸で編まれた真っ白なマフラー
チェックのワンピース
幾重かフリルが付いているミニスカート
襟元にファーが付いた可愛らしいジャケット
いつでも帰って来れるように。
どんなに性別を偽ろうと、
ふいに目をやるその先に可愛らしい物が溢れていた。
上司は家を買った。
それは自分が住むには広い家だけれど、
中央の将軍職が持つ家にしては小さい。
その住宅選びには、もちろん可愛らしい恋人の意見が加えられたのだろう。
庭がやけに広いのだ。
もともと広い家を使っていたのに、
新居に越した上司はどうも機嫌がいい。
長年思いを重ねてきた恋人と婚約者になったからだろう。
心配した。
それはもう、心配した。
念願を果たしたと連絡を受けて喜んだのも束の間、
二週間の音信不通。
痺れを切らした上司は再び連絡をした。
彼女が滞在していた故郷・リゼンブールへ。
それからは大変だった。
書類も業務も全てを脱兎のごとくやり終えて、
一同でそこへ向かった。
倒れてから目を覚まさないのだと。
それは人体練成の等価ではないかと、
誰もが言えず、けれど心のどこかで思わずにはいられず。
決して傍を離れようとはしない上司を思う。
道中一言も溢さず、ただ一念に祈っていた。
祈る神などいないのだと言い切った少女の無事を。
この上司がただ1人の人と決めたその少女の無事を。
上司は家を買った。
恋人から婚約者になった人と暮らすために。
「ハボック、引越しを手伝いたいだろう。あぁ、そうだな」
すらすらとペンを走らせる音を無視して、そんな事を言われた。
上司、ロイ・マスタングは以前から住んでいた家から、
新居への引越しをしているのだが、
その荷物が半端でないために人手を欲しているらしい。
男の1人暮らしだったとは言え、
仮にも将軍職、更には国家錬金術師。
書類や文献を考えれば仕事の合間にホイホイと片付くものではないのだろう。
引越し屋に頼めばよいだろうと思ったのだが、
「馬鹿を言え。軍の機密に関わる物もあるのだぞ」と返された。
それならば、一応ながら腹心の部下と思っている自分に声を掛けられた事を
喜んでいいのだろうか。
取りあえずは、信用してもらっているのだと。
そんな気分も束の間。
あらあら、大変ですねとどこからかハウスキーパーのおばさまが
出てきてくれないだろうかと思わずにはいられない。
思っていたさ。ある程度まで考えてもいた。
・・・想像は、想像。これはなんだ?
天井まで続く整然と並べられた本・本・本・・・。
しかも自分は決して手に取らないであろう文献ばかり。
どこぞの上司の婚約者なら、目を輝かせて喜ぶのだろうけれど。
「・・・准将。これって全部動かすんスか・・・」
「ハボック。お前は荷物を置いて引越しをするのか?」
「ですよね・・・。動かすんスよね」
「その為のお前だろうが」
へーい。と気のない返事をしてから、肉体労働もこなせる部下・・・っと
これは機密上無理だったのか。連れてこれる者はいなかったのか。
ガタガタ・・・ドタン・・・バタバタ
ガタガタ・・・ドタン・・・バタバタ
ガタガタ・・・ドタン・・・バタバタ
箱に詰める・・・しまう・・・運び出すを繰り返す。
朝から呼び出されて、終いには夕暮れも通り越した。
こりゃ上司1人では片付かなかっただろう。
運び込んだ新居は真新しい家の香りがする。
白を基調とした柔らかい様子でこれから新婚生活なのかと
何か悔しい気持ちもしないでもない。
「ぼさっとせずに、さっさと運べ」と後ろから蹴りつけた上司に
殺意が浮かぶが、実際早く終わらせてしまいたい。
こんな甘い空気の中に、独身一人身の男を放置していたら暴動必死である。
重い文献が入ったダンボール箱を抱えて、指示された書庫へと運ぶ。
これって・・・ただ働きなのだろうか。
一日潰れたようなんですが。
休日とバイト料を交渉してみようかと、
高給取りな上司を探してみた。
さっきまで、ホイホイと自分の横を通っていたのに。
「っと・・・わっ」
ここかなと開いたドアの先にはダブルベッド。
広い部屋にはクローゼットと化粧台、照明器具に出窓には小さな鉢植えまである。
もしかしなくとも、ここはいわゆる寝室と言うもので・・・。
「こらっ、夫婦の寝室を覗くものではないな」
「わぁ!すっすみません」
まだ引越しも終わっていない寝室を見たからと言って、
特にまずい訳でもないだろうが、
言いようの無い気まずさがあり慌てて謝ることにした。
それでもちょうどいいと言うように、ドアを開けていろと言われ、
二つのダンボール箱を抱えた上司の入室を手伝う。
「それ、軽いんスか?」
「まぁな。しかし、それなりに重いぞ」
自分ばかり重いものを持たされていたのではないかと疑うが、
上司に持ってみろと言われたので抱えたその箱は、なるほどそれなりの重さだ。
ドサリと下ろされたその箱の中からは、
有名ブティックの箱が更に出てきた。
ブランドの名前に疎い自分ですら分かるものなのだから、
そうとう値の張るものだろうと推測される。
「さすが、准将になられた方は違いますね・・・って女物?」
黒く頑丈そうな箱から取り出されたのは、フワリとした白い服。
縁取られたレースが可愛らしい。
全くもって自分には縁のないものだ。
「あぁ、これはエディの服だからね」
男の手が器用にハンガーに掛け、それを備え付けのクローゼットへと移していく。
一枚一枚丁寧に繰り返されるその作業。
「大将って・・・そんな服も着るんですね」
自分が知っている少女は、まるで少年のように振舞うその姿。
手負いの獣のように牙をむく事もあり、
鎧の弟をその小さな体の後ろにかばっていた。
黒の上下に重そうなブーツ、そして赤いコート。
そんな姿が一瞬で浮かんでしまうほどに、
彼女は服に関心を持っていないのだと思っていた。
「着たいと言った事は一度もなくて、着て見せた事も一度もないけれど」
「けれど?」
「目が追っていたのは知っているからね」
人を罠にはめた時のあの嫌味な笑顔ではなく、
恋人に向ける極上の笑顔でもなく、
目の前の上司は笑う。
すこし寂しそうに、そう笑う。
フワフワのレース
ピンク色のサテンのリボン
上品で艶やかなシルクの生地
編み上げのブラウンのブーツ
暖かな色をしたダッフルコート
太い毛糸で編まれた真っ白なマフラー
チェックのワンピース
幾重かフリルが付いているミニスカート
襟元にファーが付いた可愛らしいジャケット
罪と罰を背負った黒と赤だけで
君を表してしまうことなく、
包み込むような暖かいブラウンや、
真っ白でフワフワとした生地で君を表したい。
待ち望んだ場所