手術・手術・手術・・・・

 

何だこの忙しさは、と誰かを恨みたくなる気持ちでいっぱいなのは、

その手術とさらには手続きの書類と格闘しているロイ・マスタング。

 

一般診察を買って出る変わり者医師ではあるが、

それとは別に、やはり第一外科部長という肩書きのために

主要な手術の執刀を任されることは多々あった。

 

それだけならば、まだよい方でそれに付随する確認の書類には

頭を痛める。

 

面倒くさい事この上ないのだ。

 

 

3日もエディに会っていない・・・)

 

ロイにとって、忙しさよりも、面倒くささよりも、

何よりエドワードに会えないことの方が問題だった。

 

エドはリハビリ科にいる訳でも、

まして仕事をサボっている訳でもなかったのだが、

自分とのシフトが重ならないので会うことが叶わなかった。

 

 

(また、ハボックが手を出したりしていないだろうな・・・。)

 

自分より先にエドワードを「エド」と愛称呼びしていた後輩が許せず、

自分も愛称で呼ぶことにした。

 

しかしながら、後輩と同じではいけないと考えたのが「エディ」

可愛らしい上になんとも似合った呼び方だと自分でも気に入った。

 

ロイがそう呼んだ時は盛大に怒って、

「その呼び方やめてください」と言ってきたのだが、

嫌がる様子はなんとも艶めかしく、赤くなった頬が・・・良かった。

 

勝手に妄想を膨らましていると、

何も言わなくなった自分を心配気に見つめて、

 

「怒っちゃいまし・・・た?」

と首を傾げて見せた。

 

もう、かなり参った。

 

怒ることなどありえなかったが、少し迷ったようにして、

「エディでもいいですけど、患者さんの前はダメですよ」

と、今度は可愛い唇に指を当てて、内緒ですと言わんばかりの仕草を見せた。

 

 

(あんなに可愛いのに、自分が傍にいられないとは・・・)

 

格闘しなければならない書類は多く、広めのデスクの上を占領している。

どうにかしてサボってやりたいのだが、

自分が終わらせない限り手術や医療進行に差し障りが生じるために

疎かにすることはできなかった。

 

もう一頑張りと、一度伸びをしていると、

コンコンとノックの音が響いた。

 

ここは、自分専用の個室であるから、用があるのは

書類を届けるホークアイ婦長ぐらいのものだろう。

 

(また、増えるのか・・・)

大きなため息とともに、入室の許可を言い渡す。

 

「失礼します。」

 

その声は、何度か聞いた婦長のものではなく、

今、一番聞きたいと思っていた鈴の音のように愛らしい声。

 

自分はとうとう幻聴すら聞くまでになったか・・・と思うが、

それでも確認せずにはいられなくて、

開かれる扉を凝視していた。

 

「あの、コーヒーでも・・・っっ!!」

 

自分の耳に偽りはなく、

トレーを片手に入ってきたのは、

見たい見たいと半ば呪いのように繰り返していた

金色の髪をした最愛の天使だった。

 

3日ぶりが何ヶ月もの再会に思えたが、

そのエドワードが自分を見たまま、固まっているのに気がついた。

 

どうしたのだと声をかけようとすれば、

慌てて、その顔を俯けた。

 

 

「っすっすみません。」

 

訳がわからない。

差し入れを持って来てくれただけで、自分にどうして謝っているのか。

 

疑問符が浮かんでいると、震えたような声で、

「あっあの・・・服・・・」

 

そう言われて、自分の姿を思い出す。

 

立て続けに行われた手術の後で、そのまま次の書類作成に取り掛った。

その為に、白衣は着ているものの、その下は、手術着のままだった。

 

手術着は、緑色のあわせ布を前で止めるだけの簡単なもので、

汗でべとついたその感触が嫌だったので、

前のヒモを緩めて、くつろげていたのだった。

 

自分を見れば、白衣の下ははだけていると言っていい状態だった。

 

エドワードが赤面して、顔を上げない理由に納得がいった。

その反応をしばらく楽しんでいたい気もするが、

早く、顔が見たいとも思うので、急いでヒモを結び直し、

服を調える。

 

「これでいいかな。失礼したね。」

 

その声で、やっと顔を上げると、

安心したように顔をほころばせてみせた。

 

どうしてこうも、自分にそんな無邪気な顔を見せてくれるのだろうか。

それは嬉しいが、他でそんな顔を見せているのではないかと心配になる。

 

ゆっくりとデスクの横にくると、

コトリとコーヒーのカップを置いて、「どうぞ」と小さく言った。

 

「ありがとう」と言葉を返しながら、顔を見ると、

服を直したというのに、自分を見ていない瞳に気づいた。

 

エドワードは素直なのか、そういう教育を受けたのか、

人の目を見ながら話をすることを当たり前に行っていた。

金色の瞳は、それだけで他者を自分に引き付けているとも知らないで。

 

それなのに、今は、その瞳をそらしている。

恥らう姿を選ばず、その瞳を見つめることを選んだのに、

それを逸らされては、黙ってはいられない。

 

「どうか、したのかね」

 

聞くと、ピクリと肩を揺らして、そろそろとこちらに向き直った。

 

それでもまだ、気まずさは残っているようで、

再び、どこかおかしいところがあるのかと、今度は自分を見てみるも、

おかしいと思い当たることは無かった。

 

「・・・メガネ・・・」

 

キョロキョロと自分の格好を見ていると、

ぽそりとエドワードがその言葉を呟いた。

 

「ん?眼鏡?」

 

控えめなその言葉と目線が、自分の顔に向けられていることを確認する。

指先で、細いフレームをした眼鏡を取ると、

「これかい?」と言って、外してみせる。

 

コクリと頷いて見せる顔には赤みがかかっている。

 

 

「・・・なんか、いつもと違って、かっこよく見える。」

 

 

(襲っちゃっていいんですか?神様・・・)

 

問い掛ける余裕があることにも驚くが、

どうにか自分を抑えようとする、理性も偉い。

 

そんな可愛い格好をして、

顔を赤らめて、かっこいいとか言われて、何もしないで男だろうか。

 

いや、そんなのは男じゃないだろう。

 

 

患者さんには少し待ってもらおう。

もう、そうしよう。と心に決めて、エドワードに向かおうとすると、

 

 

「うん。ヒューズ医院長・・・みたい」

 

と、さらに顔を赤くして、その顔を手で隠してみせた。

 

その姿は、まさに恥らっている乙女そのもので。

自分の手が虚しく空を切るのを止められなかった。

 

「っヒュっヒューズ??」

 

声が裏返るのもしょうがないと言うもの。

 

「はい。ヒューズ医院長の眼鏡ってかっこいいですよね」

 

 

この病院は敵ばかりなのか?

 

まったく戦闘外だと思っていたダークホースの存在に

さらに頭を痛めるロイだったが、

滞った書類のために、ホークアイによってカルテ攻撃を受けるまで

あと、1時間。

眼鏡の行方
パラレル部屋へ