見えない星を掴むように
どこか山の端が燃えているような村の外れを行く。
ひとり歩いていく。
いつまで聞こえていたのだろうか、
後ろを行くカシャリカシャリという重い鉄の擦れ合う音は聞こえなくなった。
(単に宿を探しに行ったという事は頭の隅では分かっているのだが)
「じゃあ先に帰っているね」
「おぅ、俺ももう少し歩いたら帰るわ」
いつか遠い昔のようで、
いや、それでも昨日のようにでも思える子どもの頃。
そんな事は言わずに、一緒に夜がやってくるギリギリまで一緒に遊んでいたというのに。
自分の片腕と片足が冷たくなり、弟は身体全てに血が通わなくなってから、
2人がどんなタイミングということもなく、宿に一緒に向かわないことがあった。
弟はもしかしたら、1人で震えているかも知れなくて。
泣けないとそのがらんどうな瞳から、透明な涙を流しているかも知れないのに。
開くことのないドアを1人見つめているかも知れないというのに。
それでも自分は、後ろを振り向かずどんどんと前に進む。
きっとここを進んだところで目指すべきものなど無いに決まっているけれど。
だって、この村は外れまで調べていて、
明日には別の村を目指すための汽車の切符だって既に購入しているのだから。
あぁ空がこんなにも燃えそうに紅い日は。
遠い山が妖しく光っていて、後ろからヒュルリと風が吹いていて。
後ろに流していた髪が意思を持ったようにハタリと揺れて、
「ごはんよぉ」と遠くまで聞こえるようにと帰宅を促す母の声が聞こえてくるかのようだ。
そんなままで、どうして弟のそばにいられるだろうか。
あの激情だとか、郷愁だとか、なんだか変らないモノが、ドロドロと。
この胸から今でも飛び出してしまいそうなのだから。
「お前は俺が絶対に元に戻してやるから」
「お前が一番大切だから」
「何に代えても、絶対に」
もう呪文の効力が切れそうなほどに。
この丈夫なブーツがボロボロになるほどに。
歩いて来たけれど。
…au… …eoyv…… h;ufsla…
「・・・・・うん?」
遠くから掠れた様な響きが届く。
耳を澄まして糸を手繰るようにして慎重に聞き取る。
高音と低音が心地よく混ざり合い、
笛のようだが金管のように澄んだ音ではなく、まるで草を揺らす風の音のような。
シャンと響くのは鈴だろうか。
聞いた事などないのに、とてもとても懐かしい。
誘われるようにして、音が鮮明になる場所を探す。
紅く光りが届く村の外れには、金色に光る草の茎がサワサワと流れる場所があった。
まるで異世界に迷い込んでしまったかのようだ。
聞こえるのはまるで意味の通じない歌と風。
「・・・・なんだ、お前は?」
ふいに途切れてしまった懐かしい音楽に寂しさを感じるが、
歌い手のおばあさんはこちらに思案顔を向けている。
確かに、こんな外れにこんな時間。
しかも村人ではない者が突然に現れたのだ驚きもするだろう。
歌を止めてしまった事に対して申し訳ない気もするが、
どうしても先ほどの歌について聞きたくて堪らない。
「突然にすみません。俺、エドワード・エルリックと言います。
一週間程前にここに来て・・・明日には別の村行く旅の者なんですが・・・・。
あのっさっきの歌が聞こえてきた・・・ので」
言いなれない敬語というものを駆使して話しかける。
無礼がもとで、これからの話が行き詰ってしまうのはどうにも勿体無い気がするのだ。
あいつには使わない敬語をこんな場所で使ってみたりする。
「・・・・この歌がね・・・今では誰も聞きにくるものなどいないと思っていたけれど」
おばあさんは繁々とこちらを検分するかのように見回すが、
その目線には嫌悪を抱くことはなかった。
鋼の腕と足を持ってから、
弟が鎧の身体になってから、
よく自分たちはジロジロとした人の好奇の目にさらされていたから、
目線というものに軽い心的外傷もあるのだと自覚しているが。
けれどもおばあさんの眼はそんなモノではなかった。
「とても・・・どこの国の歌なんですか?
意味は分からなかったんですが、いい・・・歌だと」
「ほぉ・・・嬉しいね・・・けれど、それはとても悲しいことだわ」
おばあさんの眼が一度だけ大きく見開かれて、
そのまますぅと細くなるのを見た。
足に結んでいるのだろう鈴がシャンと小さく鳴った。
思えば奇妙な事だ。
この場所にはおばあさんしか居ないというのに、
どうして演奏と歌が同時に奏でられていたのだろうか。
鈴は足で鳴らしていたのだろうけれど、
それではあの笛の音はなんだというのだろう。
「悲しい?・・・・どうして?」
不思議な光景とおばあさんの言葉に、敬語を忘れていた。
あっと口を押さえて怒っただろうかとおばあさんを窺う・・・。
「可愛らしいお嬢さん。そのままの声で貴女を伝えてくれて構わないのよ」
ふわりとおばあさんが笑う。
とっさに「俺は女じゃない」と口を開こうと思った。
けれど、その声は出てこなかった。
そのままの自分?
私は私。
生まれたままの自分は。
そう、言い続けなければならなかった言葉は弟に向けているものだけではなかった。
唱え続けていた呪文はもう1つあった。
そして、騙し続けてきた。
誰を?
自分を?
「あぁ・・・うん、ありがとう」
偽る必要は無いかもしれない。
だって明日にはここを出て行く。
きっとこの人には記憶にも残らない一瞬のこと。
この出会いは自分にとってとても大切なものかも知れないけれど、
このおばあさんには関係のないただの旅の1人だ。
たとえ、出会ってすぐに性別を言い当てられたとしても。
遠く離れた誰かを思い出したとしても。
「この歌はね・・・遠く異国の歌。
悲しい歌なんだよ・・・・私の故郷の音」
「おばあさんの?」
この目の前のおばあさんはこの村の出身ではないのだろうか。
しかし、身に纏っているモノも、今の言葉もまったく違和感を感じさせない。
それどころかこの地に根ざし生きていた人だと感じる。
「私の国・・・見たことはないけれど、私の家よ」
「見たことがない?私の家?」
おばあさんは笛を手にして、高い岩肌にコトリと置いた。
そしてその横にじっと立つ。
その瞳は淡いブルーで、じっと紅い空を輝く山を見つめる。
「この歌は故郷から逃れた私の家族の歌。
それから語り継がれてもう幾年も経ち・・・聞く者さえ少なくなってしまった。
それでもこの悲しみはきっと消えることはないの」
「どんな歌詞・・・なの?」
「可愛らしいお嬢さん。この歌が聞こえたと言った貴女は、
どんな悲しみを背負っているのか知れないけれど、それから逃れようと思ってはいけない。
逃れようとすればするほどきっと貴女を苦しめるものでしょう?」
細くなったおばあさんの瞳は、少しだけ悲しそうに揺れた。
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どこを歩いてきたというのか 山の端はもう随分と遠くなってしまって
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故郷を離れる友たちが、 嘆きの唄を歌ってくれたというのに。
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それは泣くなと、 泣くなと響くよ
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忘れてはいまいか、 それを忘れまいか
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君は言ったね。
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夢を追いかけることで何を失ったのかと。 それは魂ではなかったか。
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影を追いかけても、 決して手の届かない所に真実があるというのに。
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泣くなよ、君は泣かずにあるいて行くのだろう。
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それが成すべきものの 為であるというのなら。
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真実はそこにあるよ。 君のすぐ後ろさ。
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振り向かないと頑なな、 君の後ろすぐのところにね。
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きっと君なら手がとどく。 』
風が通るたびに高く低く響く笛の音。
それに合わせるようにおばあさんの足は揺れてシャンと鈴の音を奏でる。
聞こえる歌はまるで意味など分からないけれど、
それでも心地よく溢れる想いを止められない。
サアサアと風が吹いて、金色の草の海がうねる。
うん。帰るから。
絶対にやり遂げて見せるから。
帰りたいと望む場所があるんだ。
冷たいお前の鎧を撫でるよ。
幼い声でお前は「どうしたの?」と尋ねるのだろうけれど。
絶対に2人で戻ろう。
それは約束。
遠く遠く・・・意味が薄れてしまう前に。
お前がお前であるうちに。
私が私であるうちに。
この願いを遂げてみせる。