とうめいにんげんが えをかいたんだけど

 

とうめいにんげんのえは とうめいだから

 

だれをかいたのかだれにもわらかないんだ

 

 

 

 

くすくす

くすくす

 

カサリと聞こえる紙の音

 

 

テラスから差し込む光りがフローリングの床を暖める。

そこに少し怠惰に座っているのはエドワード。

フワリとしたショールを羽織って、白いワンピースを着ている。

 

今日は暖かいのに、彼女の体は少し冷えていて、

体調を崩しやすい事を気遣って先ほどショールを羽織らせたのは自分だ。

 

 

静かな日差しがリビングを明るくしている。

大きな窓を見つめるようにしてソファーに腰掛ける。

ここに座っていれば、妻の呼びかけにすぐ答えられる。

 

 

「これは?」

 

繰った紙を細く白い指で示しながら、

隣にいる小さな子どもに話しかけている。

小さな体をさらに小さく曲げて、

子どもに合わせているのだろう、その顔を覗き込んでいるのか。

 

こちらに聞こえないほどの小さな声で、

妻は会話を続けている。

とても楽しそうに笑うので、すこし寂しい。

 

 

「ははっロイ・・・これっ」

ずっとこちらを見なかった妻が、笑い声と目じりに涙を浮かべて、

向き返った。

 

光りが金色の髪で反射して、キラキラと輝いている。

 

読む気などなかった新聞をソファーの上に置いて、

ゆっくりと腰をあげ、妻の傍による。

居た場所よりも、幾分か日差しが強く感じられ、

暖かくなった床にそのまま座り直す。

 

「うん?」

 

「これっ・・・ロイなんだって」

 

スケッチブックの用紙をこちらに広げて見せながら、

また、くすくすと笑い始めた。

 

「・・・私かい?」

 

「そうっパパを描いたんだってこの子」

 

満面の笑みで「よく描けているよなっ」と得意気な顔を見せる。

子どもの成長を喜ぶ母親の顔。

 

 

 

クシャリと金色の髪を撫でると、

ハラリとその同色の瞳から涙が零れた。

 

 

隣にいるはずだった子どもの頭を妻は撫でる。

 

 

スケッチブックはいつまで経っても白いまま。

 

描かれた父親を見ることが出来るのは、狂ってしまった母親だけ。

 

その姿を金色の瞳に止めて、

その傍で抱きしめてあげられるのは?

 

 

 

女の子だったのかい?

それとも男の子?

 

 

晴れた日はランチを詰めたバスケットを持ってピクニックへ。

雨の日は一緒に読書。

恐い童話も悲しい絵本もパパとママが読んであげれば大丈夫。

暖かい夕食とその日一日を話す楽しい時間。

お風呂はパパと入って、湯船にはヒヨコの玩具。

ほかほかしたまま、その柔らかな髪を拭いてあげて、

干したての布団に包まれて眠る。

傍で子守唄を歌いながら、布団から肩が出ないように気をつけてあげて。

閉じた瞼に起こさないようにキスを贈る。

ありったけの思いを込めて。

 

 

 

何度も眠る前に聞いた家族の話。

そこには照れたように笑いながら、話す妻。

 

ずっと憧れていたんだ。

もう決して悲しませたりしない。

ずっと傍で愛してあげるんだ。

 

そして、手を組み瞼を閉じて、

囁くように言葉を紡ぐ。

 

 

信じてはいないと言った神へなのか、

その祈りを捧げる。

 

 

育つ事無く消えてしまった子ども。

愛してやまないその存在。

 

 

 

 

とうめいにんげんが えをかいたんだけど

 

とうめいにんげんのえは とうめいだから

 

だれをかいたのかだれにもわらかないんだ

ロイエド子

見えないもの