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南棟で会いました | ![]() |
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「これで、申し送りを終わります。皆さんも一日頑張りましょう」
パタンとそれぞれがカルテや手帳をたたみ、
「「はい」」と声を揃えてお辞儀をする。
東方総合病院のナースの朝は早く、それぞれの受け持ち患者の予定や
今日の手術の準備などを次々と伝えて、滞りなくその時間を終える。
しかし、業務は始まったばかりで、朝の薬や検温の準備に取り掛かっていく。
その機敏な動きには、仕事を嫌だと感じているような動きはなく、
むしろ、生きがいを感じているような、責任と充実に溢れていた。
そのナース達をホークアイ婦長は誇らしげに見つめ、
1人の新米ナースを呼び止めた。
「エドちゃん。ちょっといいかしら」
呼び止められたのは、昨日からここで共に働くこととなった
エドワード・エルリック。
美しい金色の髪と瞳をしていて、
整った顔立ちに可愛らしい唇。まさに白衣の天使という総称がぴったりの容姿である。
患者も医師たちもがその容姿に目を奪われる為に、
他の女性ナースから反感を買いそうなものなのだが、そう言う訳でもない。
根っからの明るさと、サバサバとした物言い、
そして、その知識の高さと医療看護にかけては新米ナースと言えども
ベテランのそれと引けをとらなかった。
反感を買うことなどなく、今ではマスコット的な存在として
誰からも愛されていた。
その筆頭として第一外科のリザ・ホークアイ婦長と外科部長のロイ・マスタングの
名前を知らないものはいない。
患者の退院など特別な時にしかその微笑を見せることのない婦長と
特に女性に関しては笑顔を振りまき過ぎている外科部長。
殊更立場や役職に厳しいホークアイがエドワードのことを「エドちゃん」と呼び
一定の女性との付き合いを続けることのなかったロイが「白衣の天使だ」と
終始くっついて回るその光景は
ある意味壮絶なものであるように周りには映っていた。
今日も、申し送りが終わった後で、ホークアイは「エドちゃん」と
エドワードを呼びとめた。
「なんですか。リザさん」
エドワードもリザさんと名前で返す。
「最近、マスタング先生に付きまとわれているのは納まったのか心配で」
「あっ大丈夫です。カルテの使い方をリザさんに習ってからは」
「そう。なら良かった」
何度となく、自分の持ち場にいろいろな理由をつけて現れるロイに、
最初は対応していたものの、さすがに変だと思ったエドは
ホークアイに相談を持ちかけていた。
ホークアイはにこやかに笑って、自分愛用の硬く、黒いカルテ収納ケースを取り出すと
「手のスナップはね」
と和やかなムードのままに、一撃必殺のカルテ技を伝授したのだった。
運動神経の高さを生かして、すぐにその呼吸を掴むと
エドはホークアイの技をそのまま使えるようになった。
「角は傷みやすいから、今度一緒に買い物に行きましょう。
硬くていい収納ケースはなかなか売っていないのよ。」
「はい。」
ホークアイは素直にうなずくエドの笑顔に、にこやかに微笑んで、
さらには、買い物の約束まで取り付けられたことに満足感を得ていた。
では、とその場を立ち去りそうになるエドに
本来の目的をまだ伝えていないことに気が付いて、すぐにまた呼び止める。
「あっごめんなさいエドちゃん。実はお願いがあるの。」
「ここ・・・かな。」
エドワードが立っているのは、総合病院の南棟。
日当たりの良いその場所は、所狭しといろいろな機材が置かれていた。
いわゆる、リハビリ施設という場所だ。
つかまり歩きのための手すりや、筋力アップのための道具。
または、レクリエーションもあるのだろうか、縄跳びやボールといった
学校の体育館のようなものまで一通り揃っているように見えた。
まだ、朝早いからなのか人はまばらであったが、
それぞれに1人づつ看護士やインストラクーが介助についているのが分かった。
ホークアイのお願いとは、今日の介助を手伝って欲しいというものだった。
本来ならば人手は十分であるはずなのだが、
今日に限って看護士の急病などで人員の確保が難しいのだという。
その為に、リハビリ科から応援の要請を受けたのだが、
第一外科も人員が有り余っているわけではなく、それぞれの担当は決まっている。
その点、エドはまだ入って間もないために、
先輩ナースについて様々なことを覚える段階なので、
個人で担当している患者というものは持っていない。
そして、体力的にも、技術的にもエドならば安心だと言われてしまえば
断る理由などどこにもなかった。
(実際、こういう仕事の方が興味あるんだよな・・・)
もちろん医療補助も大切な役割で、責任もやりがいも十分感じている。
それでも、体を動かして何かを取り戻す手伝いができる仕事というのはまた違い
自分に向いているのではないかとも思っていた。
(ここで能力を身につけたら、役に立つよな・・・)
様々な器具を前に、ぼんやりと考えていると、ガシャーンと大きな音が聞こえた。
慌てて振り向けば、車椅子の男の子が倒れこんでいる。
その下には、人が下敷きになっていて。
「だっ大丈夫?!」
すぐに駆け寄ってその少年を抱きかかえ、横に下ろすと
倒れていた車椅子を起こして下敷きになっていた人を助け出す。
意識はあるようで、よかったとホッと息を吐き出して男の子を車椅子に戻してやる。
どうやら二人とも患者さんのようで、話を聞けば今日からやっとリハビリが開始に
なった男の子が急いでその車椅子から立ち上がろうとした為に、
バランスを崩して倒れたのだという。
下敷きになった人も、リハビリをしていたのだが、無意識にかばおうとした結果
無残にも巻き込まれてしまったらしい。
(担当者は何してんだよ)
初めてのリハビリ患者を放っているインストラクターに苛立ちを覚える。
1人に1人付くことがここの決まりだとホークアイは言っていたのに。
「あ、すみません。そこの看護婦さ〜ん」
間延びした声が後ろから呼ぶので
「ハイ」と条件反射的に振り返った。
横の少年が「あっハボック先生遅い〜」
と言うのを聞きながら、その声の主を仰ぎ見る。
(っ何!!!?めちゃめちゃ可愛いんっスけど・・・)
自分の担当している子どもを言い聞かせて待たせておいたのに、
その横には金色の髪をしたナースが立っている。
この子がホークアイ婦長にお願いしたナースなのだろうと思い至って、
呼びかけてみれば、驚いた。
マジに可愛い。
「ハボック先生がどうしてもと仰るから手伝いにお貸し致しますが、
何かしたらただじゃ置きませんからね」
インターホン越しに威圧されていた事がこの事かと思い、
「なんですか。そんなに可愛いんスか」
「驚くわよ」
はい。驚きました。
マジで可愛いんスね。ホークアイ婦長・・・。
自分を見るなり、動かなくなったインストラクターを不審に思うも、
少年が「先生」と呼んだのだから、この子の担当医なのだろう。
ならば、責任を真っ当していなかったのは目の前の男ということになる。
「あの、初対面で失礼だと思うんですけど、しっかり見てあげていてください」
かなり、丁寧に言葉を紡げたものだと自分でも思う。
昔なら、怒鳴りつけていたところだけれど。
そんな声にキョトンとした顔をするだけの
長身に金髪で蒼い目をした男は、高い位置から自分を見下ろしている。
だんだんと納まりかけていた怒りがこみ上げてきた。
「あの!!聞いてるんですか?!」
声を荒げれば、正気を取り戻したように悪い悪いと手を振る。
その様子は全く悪いとは思っていないようにしか見えなかった。
「・・・待合室で待ってたんですけど、迷いました?」
「は?」
「いや、ホークアイ婦長に聞いていません?
初めに待合室で打ち合わせをするからそっちに来て欲しいって・・・。」
男の言葉に記憶がどんどんと遡っていく。
補助を頼まれて・・・南棟の場所を聞いて・・・待合し・・つ。
「あっ!!!」
「・・・ずっと待ってたんですけど、来なかったんで、こっちに向かってたら
大きな音がしたんスよ。」
金色の髪をポリポリとかくようにして、呟くように漏らす男と
固まるエドワード。
「っす、すみませんでした。こちらの機材を見てて・・・」
頭を下げて詫びれば、小さいなっと思っていたその体がさらに小さくなる。
まあ、設備の整ったこの施設に目を奪われたと言われれば悪い気はしない。
自分としても納得のいくまで揃えてきた設備であれば尚更のこと。
(うわぁ。怒った顔も可愛いけど、なにこの泣く一歩手前って感じ・・・)
何か小学生のいじめっ子のようなことを考えた気もしないでもなかったが、
ころころと変わるその顔に釘つけになっているのも事実。
(・・・ヤバイっすわ。ホークアイ婦長・・・)
何かあればただじゃ置かないと言った彼女の言葉を思い出すも、
カルテの餌食になってでもいいと思ってしまう自分が恐かった。
「あの、今日一日お手伝いさせて頂きます、第一外科ナースの
エドワード・エルリックと言います。宜しくお願いします。」
再び腰を折ってそう挨拶するエドワードに、
新たな微笑ましさを感じながら、
「俺は、リハビリ科でインストラクターをしている、ジャン・ハボックっす。
よろしく。」
手を差し出せば、安心したのかにっこりと笑い
柔らかな手で握手をしてきた。
(俺も、第一外科に転属するかな・・・)
新たな争奪戦参加者が増えたことを
ロイ・マスタングは知る由もなかった。