「桃が食べたい」

 

ベッドの横でダボダボのシャツに袖を通してそんなことを言う。

その顔はまだ眠そうで、意識が完全には浮上していないように見えた。

 

ふにゃと腰を折って、その身を布団に預けるようにして折り曲げる。

二つ折りになった姿に金色の髪がパサリと辺りに散らばっていく。

 

早朝にエドが起きていることは珍しい。

ましてや、昨日の様子では昼頃まで眠っているのではないかと予想された。

いや、その理由は想像にお任せするが。

 

軍服を取るために、ベッドを降りようと体を動かせば

二つ折りになっていた体をガバリと起こして、自分の腰に腕を回してきた。

 

何やら動作がこの上なく可愛らしいのだが・・・。

 

「どうしたのだね」

「・・・桃が食べたいのっ」

 

暗にいつもと違うことを指摘されたと分かっているからなのか、

拗ねるような口調になりつつも普段は言わないことを言ってくる。

 

「今日はずいぶん甘えたさんだね」

 

腰に回された腕を引き込めば、腕の中に金色が入り込んでくる。

髪を梳くようにして、顔を合わせれば頬が赤くなっているのが分かる。

 

「たまには俺だって・・・甘えたいの!」

せっかく合わさった瞳を反らして、腕を腰に強く回して頬を胸に押し当てる。

その姿も幼い子どもがするようなもので、

しかし、いつもはそんな事を言わないので叶えてあげたいと思う。

 

ふむ。

 

一通り今日のスケジュールを頭に巡らせるが・・・。

 

「エディ。ちょっと待っていなさい。」

 

チュッと髪にキスを贈ってその腕の拘束から抜け出す。

ペッドサイドに置かれている電話に手を伸ばして、

少し早い時間ながら、彼女ならばすでにいるのだろうと番号を押す。

 

 

少しの間の待合音が流れれば、

直通回線だけあって、聞きなれた声が響いた。

 

「はい。こちら司令部執務室ですが」

「私だが、今日の休暇を願いたいのだが」

「マスタング准将ですか?休暇といいますと・・・」

「あぁ、愛妻の我侭に付き合う日があってもいいと思ってね。君なら許可をくれると思うのだが」

「・・・エドワード君の為なら仕方ありませんね。明日は残業ですが」

「すまないね。よろしく頼むよ」

 

 

キョトンとしたエドワードの目線の先で、当たり前のようにその遣り取りが行われた。

チンっと音を立てて受話器が置かれれば、

いつもの極上の笑顔を向けて微笑む旦那の顔があって。

 

「お姫様。今日は何なりと申しつけくださいませ」と恭しく頭を下げた。

 

いつもは言えない我侭を少しだけ言ってみたくなった。

自分が眠っている間に出て行ってしまうロイを引きとめたかった。

もちろん、帰ってきてくれることなど分かっているのだけれど。

 

すごく、すごく嬉しくなって、

「じゃあ、桃が食べたい!!」と手なんてあげて言ってみた。

 

 

 

 

少しの間、本当に数分間寝室から出て行ったロイがすぐに帰ってきたから、

とても疑問に思っていた。

 

買いに行くわけでもないし、何か秘策でもあるのだろうか。

もちろん、家に桃があるわけはない。

 

それでも二人でこんな時間まで過ごせることは稀なので、

言い出すことはなく、時間を楽しむ。

 

 

少しすれば、ピンポーンと玄関のベルが鳴った。

「あぁ、来たね。エディはここに居て良いからね」

 

部屋着のままで寛いでいる妻を玄関先になど向かわせることは出来ず、

主人自らその客を迎えにいく。

 

 

それでも、今までの時間があったから、不安になって玄関先までこっそり見に行く妻。

このまま、黙って軍まで連れて行かれてしまったら、

きっと泣いてしまうかもしれない。

 

話している相手は誰なのかと、

覗くようにして玄関を見ようとすれば、

ドンっと何かにぶつかった。

 

玄関からは「ありがとうございました〜」って誰かの声がする。

(何だよ〜もう・・・)

ペタンとその場に座り込む。

 

「大丈夫かい?部屋にいるように言ったのに」

 

苦笑いのまま、抱き起こしてくれたロイから甘い匂いがすることに気付いた。

辺りを見れば、横に置かれた箱と廊下に転がる・・・桃・もも・モモ。

 

すごい量。

 

それは一日・・・いや食べられるような量ではないのかも知れない。

 

「今日は一日、桃攻めだから、覚悟するように」

 

苦笑いからたくらみ顔になった旦那さまを見返して、ギクリとする。

 

「あぁっと・・・桃・・・攻め?」

 

「あぁ、桃攻めだ!」

 

 

その日、「あ〜ん」と食べさせあったり、その他もろもろの桃攻めな時間を過ごし、

翌日は満足そうに出勤するロイの姿があったり、なかったり。

 

食べ切れなかった桃は、ロイが軍部の者に配ることになったのだが、

皆、どうして上司がこんなにも桃を持っているのか気になって仕方が無かったのは別の話。

桃攻め
ロイエド子