このお話は「切ない系」として考えていた時の、

もう1つの方向性。

番外編を残すものの、幸せになった彼らの裏側のお話。

 

場面はエドが事故に巻き込まれた直後。

こんな方向もあったのかしらと、気になる方はどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■もしかしたらのお話■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エドワードが1人の女性を担いで、

遠く砂埃が舞うその場所に姿を見せた時。

 

 

走り出していたロイも

悲鳴をあげそうになっていたホークアイも

呼吸が止まりそうになったハボックも

 

 

 

どんなに自分の行いを悔やんだか知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクドクと流れ出すのは真っ赤な血。

 

こんな赤色が自然界にあるのかというほど、赤々しい。

沈んでいく太陽の明かりや宵祭りを照らすぼんぼりのような、

そんな柔らかな赤ではなく、

ドロリとした感触さえ伝えてくるかのような赤。

 

 

 

金色の髪を染め上げ、

白い顔の半分をドロリと零れ落ちている。

 

 

 

崩れ落ちた身体を受け止めたのはロイ。

遠目からも分かるほどのその出血を、

どうにかしようと逆方向に救援を呼びに走ったのはホークアイとハボック。

 

 

誰もが他者に祈っていた。

この小さな命をどうか助けてくれと。

 

 

 

「わりぃ・・・・ドジった」

 

「いいっ喋るな!!!」

 

 

ロイは蒼い軍服の下のシャツを裂き、エドワードの頭を強く止血する。

薄い衣服の布は、止めどなく溢れ出るエドワードの血を受け止めきれず、

すぐに真っ赤に染まった。

軍支給の衣服は、対戦闘用に開発されたもので、

もちろんこのような用途も想定済みであるはずだった。

 

この生地で抑えきれない出血が、どのような意味を持つのか。

 

 

 

ロイは頭を過ぎる最悪な結果を、どうにか避け続ける。

 

 

 

 

この命が、ここで無くなる等と。

そんな事があっていい筈がない。

そんな馬鹿な話があるか。

 

 

ギリリと噛み締める奥歯の音と、

ドクリドクリと胸を打つ心音が煩い。

 

 

 

助かる。

そうだ、この子は助かるに決まっている。

 

ロイは必死に震えてしまいそうになる腕を叱咤して、

シャツを裂いては、その傷口に当てる。

 

 

 

「ちっ!!!

軍医っ!!!何をしているっどう見てもこちら処置の方が先だろう!!!!!」

 

 

遠巻きで援軍の歓声や助かった者の声が響く。

絶望の空間が希望の空間へと変っていく空気に満ちる。

 

そんな中で、今、生死の狭間にいる子どもを必死になって呼び止める。

それなのに、目の前で。

 

 

 

ビシャリと音を立てながら、地面に投げつけられた赤い布。

次に押し当てているシャツの切れ端も既に許容以上の血液を吸い込まなくなっている。

その横

駆けつけた軍医は、隣に寝かされている准将夫人の脈を取り、

清潔な水を含ませたタオルを頭に乗せながら介抱の支持を下している。

 

 

 

 

ロイは、堪らず怒鳴り声を上げる。

 

 

 

分かってはいる。

しかし、感情はついていかない。

 

 

 

自分は軍の准将で。

彼女はその妻という地位にいる。

 

たとえ重症の国家錬金術師が横にいようと、

どちらをより助けるかなど、

地位と権力に毒された軍の中の優先順位はこうなのだ。

 

 

軍の狗の国家錬金術師は、こうも酷い扱いを受けることになる。

 

 

ロイがどれほどこの小さな命を救いたいと願っていたところで、

他の何を犠牲にしてもいいと思っているとしたところで、

 

回りに示されている「婚姻」という形式には打ち勝てないということか。

 

 

 

 

軍医に殴りか掛からんばかりのロイを止めたのは、

足音と部下の声であった。

 

「准将っ!!!医療班をっ」

「こっちだ!!!!重傷者が・・・・エドっ!!!」

 

 

 

担架を担いで走ってくるハボックと医療班を先導し、こちらを目指すホークアイ。

 

状況は最悪だと、すぐに分かった。

 

 

彼らとて軍人。

戦場での経験だってあるのだ。

人が死んでいく場に何度となく居合わせた。

 

 

 

真っ赤に染まる地面。

白んでいく顔。

浮かぶ涙と苦痛の表情。

 

 

 

ゴクリと喉がなったのは、一体誰だったろうか。

そこに横たわる赤い髪の少女は誰だ。

 

金色の蜂蜜を溶かし込んだような絹糸の髪。

同色の琥珀のような瞳。

 

 

癖が付かない少女の髪を撫でたのはいつか。

「似合わない」というピンクの口紅を注した唇は色を変えている。

何よりもポカポカとした日差しの中で、

力いっぱい笑った顔が似合うと思うのに。

 

 

そんな顔を見たのはいつだったか。

 

 

 

 

 

「駄目よっエドワード君!!!

 しっかりしなさい!!!君にはまだすることがあるのでしょう?!」

 

 

ホークアイはそれがどれ程残酷な言葉であるか分かっていた。

悪夢の全てに逃れたいと望んでも逃れる術を知らなかったこの少女に、

する事があるからここに止まれと。

 

しかし、そう言わなければこの子が消えてしまうと分かってしまった。

 

 

 

「おいっエド!!!

 話があんだろっ?!まだ伝えたいことが・・・・たくさんあるんだろうがっ!!!

 おい・・・・おいっ!!!!」

 

 

ハボックはこの小さな身体にどれ程の苦しみと悲しみが折り重なっているのか分からなかった。

それでも、この少女がそれを吐き出さないままで、

そのままでここから離れてしまうことだけは、あってはならないと思った。

 

こんな悲しい最後があっていいわけがない。

 

 

 

 

 

こんなところで。

 

 

 

小さな命が消えてしまう?

 

 

 

こんな泥だらけで血に塗れて?

最愛の弟も可愛らしい幼馴染もいない。

あるのは瓦礫と土砂ばかりのこんな場所で?

 

 

 

 

 

切欠は一体なんだったろうか。

 

 

 

 

ある男が自分の気持ちに蓋をするために、

どうにか決着をつけて逃げ出そうとしたことだったろうか。

 

ある女が少女の気持ちに気付いていながら、

それを尊重するとでも言いたげに目を背けたからだろうか。

 

ある男が少女と男の思いの相違に気付いていながら、

それでも自分の気持ちを押し付けてしまったことだったろうか。

 

 

 

それとも。

 

稚い小さな小さな最初の思いを。

偽りに隠して、どうしても伝えられなかった少女のせいだったろうか。

 

 

 

偽りは偽りを呼び、

悲しみは悲しみを連れてきた。

 

 

 

ロイの腕に抱かれたエドワードは、

それでも何だか幸せだなぁとか思ってしまって。

本当に馬鹿だなぁと自分を笑った。

 

ドンドンと冷えていく身体に反して、

瞳だけはとても熱い。

ずっと見ていたいと思う大切な人の顔が、

自分の瞳のせいなのか歪んでしまうのが悲しい。

 

 

「なぁ・・・・っ俺さぁ。

 あんたに会えて・・・・やっぱ嬉しかったと思うよ」

 

ほぅと熱を吐いて、

エドワードは小さくロイに話しかけた。

 

『好き』だなんて、言えないし。

『愛している』だなんて言うつもりもないけれど。

 

 

ただ、会わなければ良かったなんて、

こんな時だっていうのに、思えなくて。

やっぱり会えて良かったなぁと思ってしまうから。

 

これくらいの我がままぐらい許して欲しいと思った。

 

 

 

 

「何を・・・・何を言うのだ・・・・鋼の・・・・。

 っ!!!エドワード!!!!」

 

 

 

医療班を急かすも、

ドクターはその医療器具を鞄から出そうとはしない。

ただ黙って首を振るばかりだ。

 

 

どうした?

早く治療をしたまえよ。

こんなに・・・・こんなに血が出て。

顔がこんなにも青ざめてしまって。

生身の左腕までが、機械鎧のように冷たくなってしまっているではないか。

 

 

 

 

「・・・・・幸せになれよなぁ・・・・・。

 奥さんがいて、子どもがいて・・・・やっぱそれがいいよ。

 うん・・・・幸せだろうなぁ」

 

 

 

 

君がいなくて何が幸せだろうかと。

 

 

こんな時になって分かるなんて。

 

 

 

私が望んだのは唯一人だった。

幸せにしたいと望むのは唯一人だった。

 

逃げるばかりで、何一つ君に伝えていない。

伝えたのは偽りの言葉と酷い拒絶の言葉。

そんな言葉だけを抱いて君は、遠くに逝くというのか。

 

 

 

 

「へへ・・・俺やっぱりお姫さまには向いてないみたい・・・だ」

 

 

 

 

 

パタリと。

 

 

 

 

ロイの顔を右腕で撫でようとしたエドワード。

ゆっくりとその手は泥水と自らの赤い血の広がる地面へと投げ出された。

 

 

 

 

ハボックはじっと天を見上げ、無慈悲な神を睨みつけ。

 

ホークアイはガクリと地面に膝を付き、呆然とその場を見つめ続けた。

 

 

もう、動かなくなった小さな身体は、

頼りなさ過ぎる程の軽さで。

そこに魂すら無くなったのだと、抱きしめるロイは思った。

 

 

 

 

「君が・・・・好きだ。

 愛して・・・・愛しているんだ。

 こんな馬鹿な男だけれど、お願いだ・・・・目を開けてくれ」

 

 

 

 

男が始めて語った真実の言葉は、

すでにこの世のものではなくなった少女の耳には、

永遠に届く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

可哀相な人魚姫。

 

 

気付いてもらえず、偽ったままで。

ただ愛していると思いだけをその胸に。

 

愛する人の心臓を一突きすることも出来ず、

帰る故郷も失って。

 

 

愛しい家族の待つ、己が過ごした故郷の海で、

静かに泡になって消えるだけ。

 

 

 

遠く祝福の歌が聞こえる。

なんと美しい響きを持って。

 

 

 

 

「王子様おめでとうございます。」

「なんと美しいお后様で御座いましょう。」

「こんな幸せそうな風景を見たことがない。」

 

 

 

消えた姫のことなど、誰も話題にはしない。

 

 

 

ただ母なる海だけが、

愛しい娘の悲しみを思い。

消えてしまった泡をその身に受けて、

ゴウゴウと海鳴りを続ける。

 

 

 

 

愚かな王子様。

嘘を付いたお姫様。

消えてしまった一人の少女。

 

 

 

 

残されたのは、

少女を愛した者ばかり。

ロイエド子