「リアっ!!」
バタバタと走っていく娘を追いかけようとして、
赤いエプロンが目に入る。
妻がしていたエプロンに良く似た子供用のそれ。
『これ見ろよ〜可愛いだろ〜』
『リアにかい?』
『そう!お揃いのエプロン。絶対可愛い』
手伝いをさせるのはまだ早いんじゃないかと言ったのに、
エディは娘にエプロンを買った。
『子どもの頃っていうのは背伸びしたいもんだよ。
俺だって母さんと一緒に手伝うの楽しかったし。
俺もリアと一緒にいろいろしたいし』
ヤケドが心配、包丁で手でも切ったら、台から落ちやしないか。
こっちがみていてハラハラすることを妻は何でも手伝わせた。
娘もそれを楽しそうにしていた。
「・・・・・・私は、本当に馬鹿だな」
娘が走り去った場所に行く。
そこはキッチンだった。
コンロの前に置かれた娘用の台。
コンロの上には妻愛用のシチュー鍋。
暖かい光景。
水がたっぷり入った鍋の中には、
まだ煮えていない大きなジャガイモ。人参に玉ねぎ。
鶏肉は少し焦げてしまっている。
全部いれてしまったのだろうか、鍋の脇には中身がなくなった牛乳のパックがあった。
出されたスープ皿は三つ。
娘と、私と・・・・妻の分。
あの子はここでシチューをつくったのか。
暗い道を一人で帰って、録に買い物をしていなかったために、自分で食材を買い、
野菜と肉と牛乳・・・きっと重たかったに違いない。
買い物袋の底は汚れていて、何度も下に降ろしながら家まで帰ってきたのだろうと想像できた。
このコンロも自分で火をつけて。
母親と一緒にしていたことを、一人だけで。
私はあの子の事を何も分かってやれない。
帰ってすぐに抱きしめてやるべきだった。
保育園への連絡などどうとでもなるじゃないか。
怒鳴りつける前に、どうして一人で帰ったのかを考えてやらねばいけなかった。
テーブルの上の写真立てを立て直す。
硝子には亀裂が走ってしまい、破片がポロリと落ちてまた砕けた。
そっと妻を撫でる。
指の先がチリリと痛んで血が流れたけれど、
妻に触れたいその衝動を抑えることができない。
『まさかロイと一緒に動物園だなんてなぁ』
『おや、退屈かい?リアはこんなに喜んでいるのに、残念なことだ』
『ばぁ〜か。分かってて何言ってんだよ』
思い浮かぶのは楽しかった記憶。
幸せだった頃の自分たち。
「エディ・・・エディ。リアを傷つけてしまった。
私たちの、君と私の大切な娘なのに・・・すまない」
写真の笑顔は変わらないのに、
時間は歪み、今にも取りこぼしてしまいそうだ。
娘に対する態度が思い出せない。
どうやって話していたのか、笑っていたのか、抱きしめていたのか。
どう・・・愛していたのか。